【詩・本歌取り】離別

とおいとおい
灰の帳のかなたへいってしまった私の妻よ
やわらかな輝きが時を止めてこんなにあかるいのだ

   (けれど どうかこのことで)

銀の柳は枝を揺らし雨のように
こうべに重たく降る

   (そしてこれから起こるかもしれないことで)

眠る貌はしろく
疲れも苦しみも遠くへ去った
金へ彩りが変わっていく
安らぐ夢を与える庭で
私は一歩も進めない

   (わたくしを責めないでくださいませ)

銀の柳は枝を揺らし歌のように
こうべに沈んで降る
宝玉のひとよ
やつれた姿で
あなたの見とおした悲しみを
私は問うことはない
願いを忘れることもない

おやすみ わがひと
あなたはおやすみ

   (……どうか責めないで……)

燃える焔の激しさとさざ波の声
しなやかに折れぬ白い花
夜の瞳 輝く宝玉のうつくしさ
かたくなな愛と恋の歓びよ

薄明の中でまばゆい光を求め
忘れえぬ出会いと重ねた日々
あなたの手技をいとおしみ尊み
笑いあい歩む永遠を信じて
新たないのちを嬉しく迎えた

つよい炎はあなたを倦ませ
生の喜びは閉ざされた
私たちは至福の地にあるのではなかったか
求めた光と信じた幸いであなたに毒を負わせたのだろうか

あれが別れだった
(Farewell. Farewell, dear lord!)
別れだった 暫しのことではなかった
あなたはかえらない
時の果てまで待ったとしても

揺れるのは銀の柳 灰の帳
とおい湖の記憶 
夜のただ中で望んだ光 くびきのような私の愛
あなたは重たい身体を離れ
魂はかろく 残された身はうつくしく ただうつくしく

   (貴方の赦しさえあれば他には何もいらなかった
     今 あたしには休息が要るの)

いっさいから逃れあなたが自由であるのなら
とらわれないことを願っているのなら

私は歩みを始めるだろう
とおい時のかなたまで
小さな手を取り さびしくはない

別れはここから始まった
おやすみ わがひと
あなたはおやすみ 

(本歌:宮澤賢治『永訣の朝』)