エレンミーレの館の名をコールという。
言語学者たちには何かしら意味があるのだろうが、イングウェにはさっぱりわからない。まぁ気にするほどのことでもない。
そのコールから、エレンミーレは滅多に出てこない。
呼べば来るのだろうが、わざわざ呼びつけるのも何だか悪いような気がして(なにせ、とても楽しそうなのだ)イングウェから彼を召し出したことは1度もない。
養い子を通じて手紙が届いたり(本人は、報告の義務がありますから、などと言う)本人が唐突にやって来たり(イングウェはエレンミーレの歌はかなり好きなので大歓迎だ)する。
……その橋渡し役であった養い子が去り、闇が訪れ、やがて月と陽のめぐるようになったアマンで、ある日、イングウェはコールを訪れた。
彼にとってはおそろしく珍しいことに、ひとりで、供も連れず、先触れも出さずに訪れたのだった。
「やっとこさおいでになってくださいましたね!」
着いてみれば、拗ねたような顔をして、階の上にエレンミーレが立っていた。
「よ、よく――わかったな」
「いついらっしゃるかと思って、毎日立ってたんです」
ふふん、と偉そうに言い放った後、ふわふわと花びらの舞うように階を駆け下りて、エレンミーレはイングウェに深々と礼をとった。
「ようこそ、わが君。お迎えできることを嬉しく思います」
ノルドールの大半が去ったティリオンと同じように、言葉と歌の満ちる館コールもまた、少し、静かになったのだとエレンミーレは言う。
イングウェにとってはそれでも、にぎやかな様々な音と、その中にしんと1本通った静寂があり、不思議に心地よい騒々しさに満たされていると思えたのだったが。
半日を費やして館をざっと案内し、積もる話をして、ふと、エイセルロスの話になった。
顔を長く見ていないことなど幾度もあったが、マンドスにいったかと思うと、とても淋しい――とこぼしたイングウェに、エレンミーレはふと、真摯に茶の瞳をきらめかせた。
「私の役目、そして私たちにできることはひとつです。そうは思いませんか、イングウェさま」
それは何かとイングウェは問うた。
「迎えること。――何もかもを」
エレンミーレは言い、それから、今日出会ってはじめて笑った。
「あのひとが帰ってきたら、私が一番に出迎えてやります。なにせここはティリオンに行くにもタニクウェティルに行くにしても見過ごせませんからね!」
意気揚々と宣言したエレンミーレに、イングウェはむぅ、と唸った。
「……私もいっそここで待とうか」
「ダメです」
きっぱり切り捨てて、エレンミーレはニヤリと笑う。
「大丈夫ですよ。あのひとの足ならタニクウェティルまですぐですから。私と会った、かと思ったらもうイングウェさまの所にすっ飛んで行くでしょう。だから、最初に迎えるのは私の特権です」
「ふむ…」
「……でも」
彼は不意に真面目な顔をする。
「最初に殴る特権でしたらイングウェさまに差し上げましょう」
「……私の後に殴るのであろうに」
エレンミーレは微笑んだ。イングウェも吹き出した。
「迎えること、だな」
「はい、迎えることです」
そうしてふたりは西を見た。