よく考えるひとは触れなくていいところを見る。

 Ⅰ

 父が、深夜に、えのきを、物凄い量、みじん切りにしている。
 あの父のことだからすぐに終わるのだろうと思っていたら、なんとゆっくり地道にこつこつと、果敢にも大量のえのきに立ち向かっている。慎重に、静かに、ざくざくと小気味のいい音(ただし穏やかなまでにゆっくりとした)を響かせて、哀れな白いえのきだけのみじん切りをこしらえる。
 そんな量を、何にするのだろう、このひとは。天才の考えることは所詮私になどはわかりはしない。それとも、よもや、またぞろ祖父の気まぐれの結果なのだろうか。父は、神などいらないといった顔をしておきながら、身近に世界よりも何よりも崇める絶対の存在を据えていることに気づこうとしない。認めようとしない。かといって、気づいたり認めたりしたら彼の世界が何か変わるのかというと、やはり変わらずに父はそれがどうしたと言って、そして祖父への愛も変わることはないのだろう。

 そんなことをぼんやり考えながら立っている、そんな自分の行動もおかしいだろうことに気づいてはいるが、今さらもうおかしいのがどうした、と思ってやはり立ち尽くす。…こんなところだけ似なくても良いのに。

 Ⅱ

「おじいさまはどうしてこんなにも最強なのでしょう」
 うたうように言った赤毛の孫を見つめてフィンウェはおや、とゆったり笑った。
「お疲れのようだね、マエズロス」
「疲れているつもりはないのですが」
「いや、そんなことを言い出す時点でかなり疲れているようだよ」
 思う存分甘やかし甘やかされつつも不毛な会話は続いた。
 そして最後にこんなことをフィンウェは言った。

「だけどねぇ、私だって父上と母上に比べたらまだまだ」

 Ⅲ

「それのどこらへんが怖い話なんだ」
「……こ、怖くないのか、お前は」
「……………。……おじいさまの両親がどの程度怖いんだ」
「だって考えてもみろ!あの父上を、掌でころんころんと転がすおじいさまに、まだまだ呼ばわりされる両親なんだぞ!」

 Ⅳ

「会って会えないこともないですけど」
「……やっぱり、いい」
「そうですか。ではまたの機会に」
 まぁ滅多に出てきてくださいませんけどね、とそういってマンドスの案内人はひらひらと手を振った。

 Ⅴ

「ところで、あの時のえのきはどうしたんだい」
「………ちゃんと煮て、食べました」