たゆたう流れの沸き起こるところ。明るい夜と暗い朝の混じりあう深み。
ウルモの意識は広がっている。
水のひとしずくにさえ彼は在る。
かつて音のひとしずくだった頃、最も深い滴りが彼だった。
エアにあまねくそそぐ今でさえ、最も広い器が彼である。
風の王は言う。
かれは確かにヴァラであるが、ヴァラたる資格に怠慢である。
水の王は言う。
わたしはアルダに恋しているのだと。
ああ、恋のようだね。でもそれは恋じゃない。
私が加護を与えている一族がいることは知っているな。
加護の内容は、そなたには言うまでもないだろう。
その一族の中に、生涯海に出なかったのがいた。
まあ、海が分かりやすくはあるが、海にはオッセもウィネンもいるし、私だけが特に気をつけてるわけではない。
で、だ……件のその子はとおる声を持っていた。
我らヴァラに伝わりやすい、と言えば良いか。
もちろん私の加護を受ける一族だから、その声は私に一番良く聞こえる。
だがその子の声ときたら……祈りと言うかな、どのヴァラも忘れはしないだろう。
あの子の生涯で我らヴァラに感謝の祈りをしなかった日がない。
あの子はまこと見事な祭司王だった。
その子が心の底から泣いたことが3度ある。
1度は母を亡くした時。
2度は妻を亡くした時。
3度目が、父を亡くした時……と言いたいところだがそうではない。
父が亡くなったことで始まりはしたがな。
歌は下手だった。自覚もあったようだな。歌うことはまずない。
私の加護は海に出ればたいそう分かりやすい。そうではなくても水に触れれば起こりうる事態のそこかしこに、加護を感じることが出来るだろう。
その子ときたら、海には行かぬ、川にも流れに触れぬ、それでいて日々の水には感謝を欠かさない。
不均衡だったと言っても良い。
衝撃、または揺れ……に近いな。
その子が3度目に泣いたときだ。
私はその子の音色を辿り、その子と共にその揺れを受け止めた。
その後揺らぐことは二度とない。
だがそんなことをしたからか、その子の祈りに思ったよりも過分に応えることになったのは否めない。
「彼の旅路に良き風の吹きますよう。わたしの受くべきみめぐみすべて、どうか彼を守りますよう」
……誰のことを言っているかはわかるだろう。
あれはあの子の生涯で最も真摯な祈りであったぞ。
だが、そなた、あの子のせいだけではないぞ。
そもそもそなたが、あの子を泣かすほどの歌を奏でたから、……なぜ逃げる。
たゆたう流れの沸き起こるところ。明るい夜と暗い朝の混じりあう深み。
―――光を聞いた。
澄みきった音色だ。希みと喜びを鳴らしたような。
深い海の底で、小さな水路の響きに、山の奥からぽかりと流れ出す川に乗って、深く親くウルモは寄り添って来た。
とりわけ思いを傾ける一族の、限りなく控えめな祭司王の祈り。
時を経て、かたくなった世界にもう一度ウルモの姿を結ばせたもの。
それの名を、水の王はまだ知らない。