離れ島のキアダンの館まで、アマンの奥地からノルドールの匠が頻々と訪ねてくる。
今日は、または今日も、ふたりは小舟で沖を漂い、きっと会話は海鳥さえも詮索しない。
関係を問われたら旧くからの友人だと答えるだろう。そして、ふたりで顔を見合わせて、なんだかおかしくなって微笑みあう。奇妙な縁があり、とびきり変わった絆があった。それを言い表す言葉を今もってふたりとも持たない。
午後に沖へ流れ出た小舟は、この夕暮れ時、淡い金に染まった水面に漂っている。
「こちらの夕暮れは赤が濃いな」
キアダンがぽつり言う。太陽はまだまだ高みにあり、赤の気配はちらりとも見えない。
「あなたが見た夕暮れはどんなだろう」
マハタンが夢みるような声で言うので、キアダンはすこし緊張する。
「海のか」
「海のさ」
キアダンは振り返り、聳えるペローリを眺めやる。白い峰の端も黄金に溶け、太陽が近づけば茜に染まるだろう。同じものを見ていたか、マハタンが続ける。
「山の夜明けは好きだ。何度も見たが、海の夕暮れは見たことが、」
「夜明けは、」
キアダンが向き直ると、マハタンは瞬く。
「――海の夜明けは前に聞いた。あなたから、あの一世紀の前」
そしてほのかに微笑んだ。
「見たよ、一度。あの金色、鈍を含んだ……あおは、あなたの目だったかな」
こういう時マハタンは、古い森の大岩を思わせる目をきらきらと輝かせる。それは、よくよく知ってはいても、いつだってキアダンをどぎまぎさせる。
「私の目は確かに青い」
「うん、…」
「海の色だともよく言われる」
「俺もそう思う」
やわらかく同意して、マハタンは山の夜明けは、と目を細める。
「はがねの溶けたような金と赤に燃える。だからかもしれない。好きなのは」
キアダンは半ば苛立ちを含んで言う。
「私は、見たことがない」
「…ああ」
「…………」
それはこの地で見られるものではないのだろうか。誘って貰えないことにどうにも悔しくなる。距離を計りかねているといえばそうなのだろう。見せたいものも多くあった。そして、
「………、いつも貴男にばかり来させて、悪かったと思ってる」
「え、ああ、いや、俺が行きたかったから――」
「私も行きたい」
え、と呆けた声で繰り返すのに、キアダンは噛んで含めるように言い重ねる。
「私は貴男と一緒に山の夜明けを見たい」
キアダンは少し拗ねた気分でマハタンを見やった。声にならない声ではくはくと唇をわななかせているその顔が、ほんのり赤くなっているのは気のせいだろうか。マハタンは一瞬ぎゅっと目を瞑ると、おそるおそる言い募った。
「………あなたはあんまり陸の方は好きじゃないかな、と」
「いつ私がそんなことを貴男に言った?」
「ええと――くつろいでないようだったから…」
「それは……まあ、緊張していたと言えなくはない」
「あと俺は、山だと消えるらしくて」
「消える?」
「その、隣にいてもいないようだと。だからあんまり誰かと行くとか思ったことがなくて、それで」
マハタンの顔はすっかり真っ赤だった。辺りは西へ近づいた太陽が茜色の気配を濃くしていたが、その光で染まっているのではないようだった。
キアダンは彼の手を握った。マハタンがおののいた。
「手をつないで見よう」
「あ、――」
「そうしたら消えない」
マハタンがためらいがちに頷いたのを見て、キアダンの機嫌は一気に上向きになる。
「まずは、この海の夕暮れを」
自分の手柄かのように誇らしく言った。そして海を金に溶かす夕暮れを、手をつないで見た。
―――山を燃やす夜明けに手をつなぐのも、そうは遠くない。