時々、信じられなくなる。
百世紀を超えた放浪の果て、今ふたたび故郷の岸辺にいるということが。
マグロールはそんな時には西の果ての更に果て、涯の浜へ行くことにしている。
涯の浜は、世界の違う層であるマンドスでは夜の岸辺と呼ばれるのだという。つまりここは現世と幽世の境、魂の辿る波打ち際だ。
暮れ方には世界のどこよりも黄金に明るく、夜の裡ではまぎれもなく暗い。では明け方にはきっと銀の光が浜辺を染め上げるのだろうが、その時分、マグロールがこの岸にいたことはない。
夜明けを知りたくなったのだ。
青を藍と、薄らひと刷毛の白で彩ったような夜が、別の青い紗をかけたように明かるんでいく。
黄金色の暮れ方には象牙の浜辺は、今は真珠の粒のように白く、そのすべてに青い波を被っている。
寄せる水の調べはもはや聞き慣れたものだが、マグロールはふと視線を歩みの横へ、足元へ、岩の陰へ滑らせる。
どこを見てもきらきら輝く「水たまり」がないことを確認して、すこし笑みがこぼれる。
放浪の最中に付かず離れず歩みを守った不思議なみずたまりは、旅の終わりに水の王の化身と知れた。
――旅は終わったのだ。
この岸辺は、償いの果ての故郷だ。
……さあ空を 見よう 私と一緒に
そして歌おう うみのうたを…
マグロールは囁くように歌う。白い明るさが満ちていく中、こころもまた満たされているのに。
「…“さみしい”……」
口に出したことなどなかった言葉が、歌の余韻のように転がり落ちた。波の音が不意に、大きく響いた。
マグロールは打たれたように目を瞑った。瞼の裏、明ける月の光。その夜明けを知りに来た。
目を開くと、海が間近にあった。
と思うほどに近く、ひどく心をざわめかせる瞳を持った偉丈夫が、白銀の月光の浜辺でマグロールのふらつく身体を抱きとめた。
「マグロール」
呼ばれ、息を呑んで彼を見つめる。白い額から、珊瑚の薄紅の髪が、流れの端へ向かって柔らかな黄金に変わる。エルフと同じ耳、睫毛は濃い紫、そして瞳は深い蒼から飛沫の碧まで、細かな銀の粒を散らしきらめく。
その瞳を知っている。こんな岸辺で、または森の奥で、荒野の岩陰で、砂地の炎熱の中、寄り添って輝いていた。
慕わしさにこみあげるものがあった。
彼の指先が目尻を撫でた。頬に触れた手には知らなかった温もり。
「――ウルモさま」
きらきら揺れる瞳を見上げて、マグロールは微笑んだ。
銀色の明け方、この海を見れば、魂の在処を思い出せる気がした。