「……私が王でなければよかったのに」
ふと耳を打った声に私は振り返った。
窓から流れた風が祖父の髪を舞わせた。
あるかなしかのあえかな笑みをたたえて、祖父は遠くを、ただ遠くを見ていた。
それは風にまぎれた呟きであったし、聞き違いであったと思ったのもまた事実だった。
立ち尽くした私を祖父はついと見やり、やさしく言った。
「そなたも、負ったものを果たすのだね」
祖父はいつもやさしかった。
身近にある父と比べれば、いっそ弱々しくさえ見えるほどにやさしかった。
私は祖父を弱いとは思わなかった。ただの一度も。
私にとって祖父と父は良く似ていた。
顕れ方が違うだけで、彼らは同じ炎だった。
今、夜が訪れて気づくのは、祖父はとうに夜を知り夜のただ中にいたのだということ。
けれどあの言葉は、あの言葉だけは、その夜が訪れる前の、祖父の心であったのだろう。
何よりも、根源的な望みであるように。