夜を征く艦は巨体に似合わぬ滑らかさで一心に西へと向かう。
さながら艦の主の心をうつして、一途な航跡を波に描く。
「陛下」
キアヤトゥアは檣楼の人影に呼びかけた。
月明りの下、風に吹かれながら艦と同じように一心に西を見つめていた灰色の瞳が、すました一瞥をくれた。
「『陛下』はもう終わった」
とがった反応を返して、彼はまた西を見た。憧れを煮詰めたような声で言う。
「伯母上はすぐそこだ」
部下であれば、そうでなくても見慣れた表情をする。キアヤトゥアは溜息を飲み下す。
「ではせめて、貴方をそろそろ王の世継とお呼びしたいものですね、執政閣下」
艦の主、執政ミナスティア、女王テルペリエンの甥の男は、部下の不満気な言にかるく微笑んだ。部下はなおも続けた。
「貴方をタル=ミナスティアと呼べて、この遠征がどれほど嬉しかったことか」
「キアヤトゥア、私はそんなこと望んじゃいない」
「では貴方以外の皆がお望みですよ」
「伯母上も、そんなことはお望みにならない」
降り注ぐ光はとりわけ輝く銀のように波をきらめかせる。夜の海を、ミナスティアは甘やかな記憶と共に見つめている。
「お前がせがむから艦に乗ってやったのに。こんなに美事な海の上で、よしてくれ、そういう話は」
キアヤトゥアがどんなに苦い顔をしても、ミナスティアの目は西へ向けられ、心もすでに故郷へ帰りついているのだ。
「タル=ミナスティア」
檣楼から西を見つめる男は答えない。彼はもう記憶の中の声を聴いている。
―――海は嫌いよ。
まるで銀で彫り上げた像のような顔をして、そう言った女王を思い出している。
―――おまえから薫るなら潮の香も少しは好きよ。
伯母上、あなたの瞳は夜の海のいろ。
ミナスティアは一心に西を見ている。月光のような銀色の女王をおもっている。
※第2紀1700年、追補編では「第11代タル=ミナスティアが中つ国へ援軍の大艦隊を送る」年、ヌーメノールは第10代女王タル=テルペリエンの治世下です