マンドスというのは全く奇妙なところで、館の外に出ることもできた。
出たとしても、そこは死者たちの世界、生きているものは花の一本に至るまで何ひとつ無いのだったが。
その死んだ花に囲まれて、彼は横たわっていた。
うつぶせに、花より手のこんだ編み髪を木洩れ日にさらしていた。
「―――小僧」
彼はゆるゆると起き上がると、茫洋とした菫の瞳をゆるませて、ほのかに笑った。
「オロフェア殿」
花の中で見る彼はひどく質素な拵えで、飾りの一つもない。その黒髪は花より華やかに編まれているが。
ギル=ガラド、エレイニオン、派手な名を持つノルドールの上級王は、生まれ持った心のままに振舞えば、まるでひとつの森のように穏やかだ。
彼は、間もなくマンドスを去るという。
話したいことはあったが、特に真剣に探していたわけではなかった。今こうして対面すると、どうにも言葉が出なくなった。
「蘇りは、本意ではあるまい」
彼が堂々たる、鼻持ちならないほど立派なノルド王のままであれば、もっと何か言い様はあったかもしれない。
けれど今の彼は初めて会った時よりももっと――やわらかで、その優しさをオロフェアは確かに知って、……危ぶんでいたことも思い出した。
彼はあどけないほどの微笑みで、心配してくださってありがとうございます、と言った。
「そういう答えを聞いてはおらぬわ」
「確かに、本意ではないかも」
「また流されおって」
「また?」
「あの時も、」
オロフェアは苛立たしげに溜息をつく。
「あの時は……」
言葉が、出ない。
「――でも希望ではあるでしょう」
はっとしたオロフェアの視線をとらえ、彼は続けた。
「私たちは、それぞれ譲れないものを抱えているでしょう。それを少しだけ置いておいたり、妥協点を見つけてあの同盟をしてくださったでしょう。……それで、それぞれがその信ずる善きことを成した、その結果を――もう受け入れるだけで良いでしょう? たぶん、今回も同じことなのです」
彼はふと花の萎れるように目を伏せた。
「……あの子に希望を託したけれど、重荷だったかもしれない」
「お前も重荷だとは思わぬくせに」
柄でもない。そう思いながらオロフェアは続けた。
「お前が希望だとするならば、伝わらないことなどありえない」
彼は唇を震わせて、オロフェアを見た。その頬が少し、赤くなって、彼は頷いた。一度。二度。
花の野を出て、館へ進む。
「小僧」
「――はい」
館へたどり着く前に呼びかければ、淑やかな佇まいで振り返る。
オロフェアはごく静かに告げる。
「すまなかったな」
花がほころぶ。編み髪が揺れる。
「いいえ」
微笑みを含んだ声が聞こえた。
マンドスというのは全く奇妙なところだ。死者しかいないというのに――心は生きている。先へ。未来へ。希望へ。