ある日、マンドスの広場の片隅で。
「うーん、わからん。マエズロスの考えがエルダールの範疇外で複雑でややこしくて謎だらけなことなんて、今さら発覚な新事実でもあるまいし…」
「お前、…私を一体なんだと思ってるんだ」
「おれの恋人」
「今すぐ生き返って私の目の前から消えろ」
「えぇ!? イヤだよ」
そして、その頭上の広場を囲む回廊で。
「あ、孫たちがじゃれてる」
「……………そなたなぁ、アレを“じゃれてる”と評されたら孫が可哀想なのではないか…?特に黒髪の方」
「じゃれてるんだよ、あれは。マエズロスはそう簡単に手が出ないから、あれはだいぶ素の証拠」
「それにしては容赦ないが…」
「原因が深刻じゃなきゃ、平気じゃない?」
さてはて、ここから会話はズレにズレていったのでありました。
ある日のマンドスのある片隅の会話でございます。
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「でもさ、おじいさまよりは複雑怪奇じゃないよなー♪」
「それは…そうだとは、思うが…」
+++
「―――あれってさ、つまり私は性格悪いってことでいいかなぁ」
「ヘコむでないぞ、フィンウェ。そなたよりマエズロスの方が腹黒い」
「腹黒いっていうか…。……まぁ、環境が悪かったよね、あの子は」
「…………」
「私が子育てへったくそなのは事実だし」
「…………」
「でもエルウェ、なんなら一回ノルドの王さまやってみて?絶対確実に性格ヒネるよ」
「…………」
「やー、もう、ホントに」
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「伯父上が謎だ…。どうしてこんなのに挟まれて嬉しいし楽しいんだろう。おれはひとりで手一杯なのに」
「………。(こいつは奥方が私と同類だと気づいてないんだろうか…)」
「あ!もしかしてマエズロス、おじいさまとか伯父上の前では猫かぶってるのか!?」
「私もおじいさまも至って普通だが。……いや、きっと、おそらく、父上の目には何か妙な膜でもかかってるんだろう」
「あんたも結構言うなぁ」
「ふん。……どうせ、腹黒だ(ぼそっ)」
「……おれ、そんなこと一回も言ってないけど?」
「気にするな。お前に言ったんじゃない」
+++
「…そうだな、うちの腹黒が“あんの腹黒! 食わせ物!!”とキレてたのは、確かにマエズロスではなかったようだな」
「ダイロンが?」
「……“うちの腹黒”一言で、ばっちり正答しないでくれぬか…」
「エルウェが言うならダイロンでしょ」
「……。イングウェだったら?」
「エレンミーレ」
「……………。よしフィンウェ。そなたが“うちの腹黒”と言ったらそれはマグロールのことだな」
「あっはっは。伶人は呪うからねぇ」
「……笑ってないで否定せぬか」
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「なんていうかさ、ここ来て一番ビックリしたのはおじいさまに対してなんだよ」
「ん?」
「ああいう性格なのは…知ってたんだけどさ…。だけど、あんなに伯父上に冷たかったっけ?」
「……冷たいか?相変わらずでは…」
「マンドスに来たらもっとくっついてるかと思ったんだけど」
「――お前が来るまでにひっつき終わった!とか」
「え”えぇえー、ありえないだろ伯父上が離れるとか!」
「お前は私の父上にどういう印象を持ってるんだ…。いや、言わなくていい。大体だな、そのうちにフィンゴルフィン叔父上が来ただろう?絶対モメたな。で、きっと父上がひきこもってるんだろう」
「あー、ひきこもり。困るよな。トゥアゴンとか」
「………。連絡なしでふらっといなくなるのも困るがな」
「それフィンロドに言ってやれよ」
「お前の失踪中に私が何度ヒスルムから問い合わせされたか知ってるか?」
「うぐ」
+++
「外ヅラがいいっていうのは、腹黒いと同じなのか違うのか、それが問題だよね」
「…というか外ヅラがいい奴が腹黒くない例があるのか」
「……私?」
「う」
「外ヅラと内ヅラにどれだけ差があるかないかが問題でしょ」
「だから腹が黒いかどうかでは…」
「そこが微妙なところだよ。んー、外だけいわゆる“いい顔”してみせてて、内ではいい顔全くしないのが“外ヅラがいい”でしょ…。とすると“腹黒い”は、ぱっと見からは想像できないほど悪どいとか、そういうの?」
「お?そなた、それでは腹黒ではないか」
「え?私のどこが悪どいのさ」
「すべてが」
「じゃあ見た目も悪どいから問題ないね」
「言葉遊びをしてどうする…」
「気にしない気にしない。……あれ、とすると、フェアノールはずいぶん真っ直ぐ育ったねぇ。照れ屋だけど」
「………。(まっす…ぐ……なのかも…しれぬが…)」
「ああ、じゃあやっぱりマエズロスは腹黒いわけじゃないね」
「なぜ」
「ぱっと見がややこしそうだから」
「……それは身内の意見だ」