“フィンウェの祝福”のこと

 フィンウェがインディスと結婚する直前のことである。

 フェアノールはフィンウェに頼まれて、花の形をした宝石を造りあげていた。ひとつは琥珀に似た金色、もうひとつは海の深きに似た蒼い色をしていた。
かれとしては、婚礼の飾りであったならば、たとえ愛する父の頼みであろうと断るつもりだったのではあるが、フィンウェの意図はそうではなかった。

 その宝石を渡そうとフェアノールは父を捜した。王宮にはいなかった。都のどこにもフィンウェの姿はなかった。海の都へは出かけておらず、白き嶺にも行ってはいない。エゼルロハールもヴァリマールの門も通り過ぎて、フェアノールはローリエンの前でしばし立ち止まった。けれど中へ立ち入ろうとはせずに通り過ぎた。

 最後に婚約者の家、つまりは最初の師匠マハタンの工房で、かれは父を見つけた。見たことも無い軽装で(それは炉に近づく職人としては実に真っ当なものであったのだが)血の気の引いた顔をして、フィンウェは工房の戸口に凭れていた。

 工房の最も奥の炉、今まで一度たりとも使われているのを見たことがなかったそれに、火がゆらめいていた。仕事は終わったようで、落とされた火は静かに眠ろうとしていた。フィンウェはフェアノールを見ると小さく微笑み、いっそう顔を蒼褪めさせながら工房へ入った。そして最も奥の炉の前から、金と銀の糸、少なくともそのように見えるほど細く伸ばされきらめく金属を手に取った。炉から遠い卓の上に、見たこともない道具を広げ、金属の糸とフェアノールの宝石を並べ、フィンウェは逡巡するように目を伏せた。

 フェアノールは、初めて父の手の業を見ることとなった。

 フィンウェは指輪をふたつ造ったのである。金と銀が絡み合う台座は蔦のかたちを成し、中央に花の宝石が嵌めこまれた。金の勝る指輪には金の花が、銀の勝る指輪には蒼の花が咲いた。

 指輪が出来上がると、フィンウェは長い溜息をつき、物問いたげな息子に言った。
「これらはエイセルロスのもの。わたしの償いとして、そして祝福として」
 フェアノールは指輪を受け取った。フィンウェの手にくちづけ(それほどの細工をしてなお、父の指は冷たかった)、言伝てを聞いて、かれはエイセルロスのもとへ出かけた。使いを成すということが、かれを奇妙に高揚させた。

 エイセルロスはほとんどひとつ所には留まっていない。
 フェアノールはかれを探してアマンの方々を巡った。タニクウェティルへ行った。イングウェの館へも行った。山を巻くように降りてティリオンへ行った。アルクウァロンデまで出かけた。内地へも行った。師の工房も覗いた。ローリエンをまわり、マンドスまでも赴いた。
 そのどこにもエイセルロスはいなかった。

 最後にかれはコールへ向かった。
 コールの入り口の階で出迎えるのがヴァンヤであるのは常のことであったが、その日、階は館の主を佇ませてはいなかった。
「そなたは留まることを考えぬのか、ローメンディル」
 階の上から、エイセルロスは答えた。
「留まって待っておりますとも」かれは階を下りた。
 フェアノールは階を上った。中途でかれらは出会った。

 フェアノールはやっとのことで使いの仕事を成しとげた。言伝てを聞き、指輪を受け取って、エイセルロスは悲しげに微笑んだ。
「それでは、暇を告げにうかがうでしょう。わたしの憧れについに翼がついて、解き放たれてある時に」

 それからというもの、ローメンディルの指には金の勝る指輪が、そして首から提げた鎖には銀の勝る指輪が輝くようになった。“フィンウェの祝福”と呼ばれるふたつの指輪は、かれの子孫――かれとフィリエルの子孫にノルドが深く関わるきっかけとなった。