「アリエンは太陽だけど銀の髪なんだな?」
ぼんやりと、返事を期待せずにエアレンディルは言ったが、ちょうど太陽の乙女そのひとが船から降り立ったところだったので、真正面から本人に訊くことになった。
「ええ――そう。…」
アリエンは無彩のヴェールを被りかけて、すこし首を傾げた。
「ティリオンの好む銀じゃあないのだけれどね」
太陽の船を降りればアリエンはその白い炎を身の裡におさめて、かつてのように姿を結ぶ。乙女は雪のように輝く銀の髪をぴしりと編んでいて、その瞳からアナールの輝きを透かせている。
「ティリオンはきみばっかり見てるのに?」
「今はそうかもしれない。前は違ったの」
アリエンは空を振り仰いで、遠く彼方の月を見たいように目を細める。
「前はあのひと、私が来ると逃げていったの。狩人の足は速くて、とても追いつけない」
エアレンディルはうぅんと唸った。今のティリオンの、アリエンに対する執心からはとても想像がつかなかった。
「前――は、ティリオン、狩人だったの?」
「そうよ。オロメ様の配下ね。よくローリエンで休息していて、私は銀の花をいっぱい抱えて彼を見に行った」
「見に?」
「起きてたら、逃げるの」
アリエンは小さく微笑むと、ヴェールを被り直した。彩の無い姿が、どれほど輝くものなのかを知っている。だからだろうか、ほっそりした乙女の姿は、弾けそうな熱の塊を押しとどめたように存在を訴えてくる。
「今の私、あのひとからしたら逃げてることになる?」
囁くように言われたので、エアレンディルは鼻を鳴らす。
「真面目なだけだろ」
「そうね、真面目って良く言われるわ」
「前から?」
「そうじゃなければ、私、太陽ではないのじゃないかしら」
はは、と息をつくようにエアレンディルは笑った。太陽の歩みが定まらないようでは困るのだ。
アリエンの髪が銀色をしていることと、彼女が真面目なことと、そして今ティリオンから逃げてるんじゃないかと思っていることを、エアレンディルは月本人にぶつけてみた。
ティリオンは盛大な顰め面をして、それから分かりやすく頬を膨らませて、実際口で「ぶう」と言った。
「君はずいぶんアリエンに可愛がられてるんだなぁ」
「ありがとう?」
「ぼくは前、逃げてたわけじゃないし、今だって、アリエンは逃げてるわけじゃない」
ティリオンはエアレンディルの頭をかき回してぐしゃぐしゃにして、それから不意にがっしり肩を抱いて言った。
「アリエンの銀の髪はめちゃくちゃ好きだ」
エアレンディルは抱きすくめられたまま生ぬるい表情になる。
「のろけをどうも」
「ふわふわで」
「編んであるだろ?」
「――まあ、そういうこと」
いたく満足げな声で言って、ティリオンは肩を離した。今度はエアレンディルが顰め面になった。
今すぐ妻に会いたい。
そうして次の月が出ない夜に、エアレンディルは空の上で、どうして僕が、とぼやいた。明けに戻れば原因がふたり揃って待っていた――ように見えたので、エアレンディルは船を飛び降りて、のんきに笑う狩人の胸倉を掴む。
「どうしてきみたちの間に入らなきゃならないんだ!?」
「君が真面目なお星様だから?」
悪びれず答えるティリオンの隣で、アリエンがふわふわと笑っていた。