イシルディンの成立

HoMe13巻より イシルディンの成立 私家訳

 ナルヴィはカザド=ドゥムのドワーフで、ドゥリンの一族であった。とはいえかれの家系は昔にドゥリンの直系から分かれ、独自の手の技を守り発展を遂げた。かれの家系はミスリルの加工を得手としており、みな優れた工人であった。
 ナルヴィは青年期の終わり頃、エレギオンのケレブリンボールと知己を得、家族のように親しみ合った。ケレブリンボールは同族ですらおいそれと入れぬナルヴィの家系の工房に出入りした唯一のエルフである。かれ自身、際立った金銀細工の技の持ち主であり、ミスリルの加工技術の発展には多大な影響を及ぼした。
 ナルヴィ個人はミスリルの加工の中でもイシルディンの開発者として名を知られている。イシルディンは月か星の光の下で顕れる、ミスリルから成った金属で、目に見えるようにするには呪文が要った。

 ある時ナリ、ナルヴィの甥にあたる若いドワーフは、日の没りかかった光の中を剣を抱えて動いていた。カザド=ドゥムの西門の上のテラスと室内を行き来するのである。外へ出てはためつすがめつ剣の刃を眺め、内へ入っては同じく刃を見て首をかしげるその様に、叔父のナルヴィは声をかけた。
「何を見ているのかね、ナリ」
「見えたり見えなかったりするものをです。叔父上」ナリは答えた。「光の加減でしょうか。内では見えないのに、外に出ると浮かび上がるのです」
 ナルヴィが甥と同じものを見ようと外へ出た時、日は沈み、最後の陽光の名残は消え去った。ナリはああ、と声を上げた。
「見えなくなってしまいました」
 ナルヴィは剣を受け取り、その拵えを見て驚いた。「これはケレブリンボールのものではないか。何故ここにあるのだ?」
「お借りしたのです」ナリは言いにくそうに言った。
「エルフの剣を間近で見たくて…」
「かれが良いとしたのなら私から何も言うことはないのだが」
 ナルヴィはなめらかな刃の表面をとくと眺めた。剣は一見何の変哲もないように見えた。
「それで、何が見えたのだ?」
 ナリは答えた。「星です」
 ここでナリは内に入ると、八方向に光を放つ星の図を描いた。「光はもっと多かったかもしれません」ナルヴィはもう一度刃を見やったが、剣にはなにひとつ模様のようなものは見えなかった。
 数日経って、ケレブリンボールが訪れた時には次のことがわかっていた。剣は日没か夜明け、月と陽が共に空にある時の光に照らされると、刃に輝く星を浮かび上がらせるのだった。星は八に八を重ねた光芒を放つもので、刻まれるのではなく描かれたものである。
 星の図を見るとケレブリンボールは驚いた。それはかれの家の紋章であった。
「麗しき炎…」(1)ケレブリンボールは遠くに思いを馳せるように言った。
「これを、どこで?」
 ナルヴィが借りた剣のことを話すと、ケレブリンボールは深々と嘆息した。
「それではこれが、この剣の仕掛けと言うわけだ! ナルヴィ、わたしの父のことはいつか話したことがあったね。それからかの有名な祖父のことも。この剣は祖父がヴァリノールで7人の息子にそれぞれ鍛えたものの一振りだ。わたしは父からこれを受け継ぎ、おじ達の剣は一振りを除いて行方が知れぬ。知れていた一振りも今となっては海の底であろうが。(2)」
 ケレブリンボールは剣を受け取ると、抜き放ち、テラスへ向かった。時は折しも日の没りで、東にはだんだんと光を増す月が昇り始めていた。高々と掲げた刃の表面に、今や燦然とフェアノール家の紋章が煌めくのが見てとれた。
「一振りずつ仕掛けが違うのだと聞いてはいたが」ケレブリンボールは言葉を切り、日の沈みきるまでじっと剣を眺めていた。かれが再び動き始めるまでナルヴィもじっと待っていた。夕陽はいやに赤く、そこに黒々と浮かび上がるケレブリンボールの姿は影よりも暗く、ただ手元の剣が真白い光芒を放っていた。
 長い沈黙の果て、最早紋章の見えなくなった剣を見てケレブリンボールは言った。
「美しい」そして剣を鞘におさめた。
「美しいだけであればこれほどに嬉しいことはない。わたしに相応しい剣であるとも言えるだろう。わたしが剣を振るうことはなし、護符のようなものだもの」とケレブリンボールは言った。
「お前さんがおよそ武器に近づかないのは、そういう心持だからかね」
「そうだ」ケレブリンボールは頭を振った。「いや、そうではない」
 ケレブリンボールは愛おしいものに触れるように剣を握りしめた。夜が近づいてきていた。ナルヴィはそれ以上問うことはしなかった。

 この後ナルヴィとケレブリンボールは剣に浮かび上がる紋章に使われた技術に関して、長々と議論を重ねた。
 月と陽の光、すなわちヴァリノールにおいての銀の木と金の木の光が混じり合う時、剣の刃に描かれた紋章に使われている画材は(金属であろうとの結論が出た)色を変える。通常は刃と同じ色をしているが、銀と金の混じった光の下では白く輝くのであった。
 そこからの着想を得てナルヴィはほどなくイシルディンを完成させることになった。完成の折り、ナルヴィはケレブリンボールにこう言ったという。
「メルロン(3)、お前さんの護符は私の仕事にも最高の助けとなったよ」

注釈

(1)『麗しき炎』がフェアノール家の紋章の名である。接点を8、加えて準接点を8持つ紋章であり、中央はシルマリルを思わせる宝石が色とりどりに輝いている。燃え盛る炎のような紋章は、簡略化されて『フェアノール王家の星』としてかのモリアの西門に掲げられている。

(2)フェアノールが7人の息子にそれぞれ仕掛けの違う剣を渡したと言うが、他の剣についてはケレゴルムのものに関する短い走り書きしか見つけることはできない。その記述によると、7振りの剣はそれぞれ長さも大きさも違うもので、ケレゴルムのものは短剣であった。仕掛けは最初に仕留めたものに反応し、その後その生き物が近づくと青く光るというものである。ケレゴルム自身が従妹姫アレゼルに渡したとあり、ゴンドリンの陥落の際、都と共に失われたであろうとされている。この走り書きからは『ホビット』にてビルボ・バキンズの手に入れる「つらぬき丸」のことが思い起こされる。

(3)ナルヴィとケレブリンボールの名はモリアの西門に刻まれてあまりにも有名である。そして西門を開く合言葉こそが「メルロン」である。

(※HoMe13巻の存在は残念ながら確認されておらず、従ってこのような原稿の存在も確認されてはおりません)