フロドがアマンで住んでいる処はだいぶ奥地で、ただそこから更に奥へ進むと不思議な森に入る。森にはエルフがひとり住んでいる。
森に住んでいる偉丈夫は、体躯からは想像もつかないしとやかな性質で、穏やかで働き者で、森と生え育つものへの愛情が深く、フロドにとっては『絶対サムと気が合う』と断言できるエルフだった。どこからどう見てもエルフらしいエルフだが。しかも大きい。馳夫さんより大きい。彼の声が囁きでも通るし気遣って貰えているから会話が成り立つのであって、ホビットにとっては天から降りそそぐ声のような心地だ。
秋の森は彩りが多いものだが、彼はどの季節の森にもきちんと馴染んで、それでいて主らしく立派だ。
その立派なエルフは、ごく真面目にフロドにこんな相談を持ちかけたりする。
「フロド殿。……サムワイズ殿に私が『ギル=ガラド』だって知られたくないんだが、どうしたら良いと思う…?」
フロドは彼の花のような瞳を見返して、考えるそぶりをしてみせる。
「ひとまず、わたしを口止めするところから始めたらどうでしょう」
「! そうか」
こういうところが素直な方なのである。エレイニオン・ギル=ガラドは。
「ところでサムが来る予兆でもありましたか?」
早すぎやしないかとフロドが訝しむと、エレイニオンはふるふると頭を振った。
「ミスランディア殿とそんな話になって……それで今もうフロド殿と会ったものだから…」
「話が弾まれたんですね…」
エレイニオンは重々しく頷いた。ガンダルフはエレイニオンの若い森に度々訪ねているのを知ってはいたが、良き話し相手となっているのだろう。エレイニオンには災難の域かもしれないが。
「……フロド殿は、ひらひらの茸は好きかな」
あ、口止めの交渉を始めたな、と思ってフロドは澄ました顔をした。
「茸はみんな好い茸ですよ。美味しくて、毒がなければ」
エレイニオンはにっこり笑った。
「どうだろう、フロド殿の頭より大きなひらひらの茸が毎年生える処へ行って、今日ひとつ採ってみて、――それから私のお願いを聞くかどうか考えてみるっていうのは」
フロドは思い当たるひらひらの茸がそんなに大きくないのでやや面食らった。ただこの不思議な森の植生ならば、驚くことは余りある。
「わたしにずいぶん得がありすぎる気がするな。……茸狩りのお誘いなら喜んで」
フロドの答えにエレイニオンは、ありがとう、と言った後に、ふと真剣な顔になった。
「今日は得なことが溢れるほどで良いと思う。お誕生日おめでとう」
かくしてフロドはビルボのお祝いに花束ならぬ茸束を両手に余るほど抱えて帰り、その茸は提供源の主により溢れるほどの料理に化けた。フロドはサムに彼を紹介する時は『エレイニオン殿』と言うと約束した。
しかし、サムが本を書くうちに『ギル=ガラド』の別名にたどり着いていないとは限らない。その時は、このひとはお前と同じで庭師の王さまみたいなひとだよ、と言ってやろうと思った。こんなに見事に森を育てているのだから。