イングウェとエルウェのこども談義

「そういえば、こどもができた」
「………は?」
「ミンヤールはそなた達のように家族を区切らぬからこどもはこどもだし、世代で言えば私やそなた達と同じ第3世代なのだが、かなり年も離れているし、私はこどもをつくらぬだろうし――丁度いいから」
 イングウェはさらっと言い切った、が、
「こどもは――正直言ってよく――わからない」
ため息をも同時につく。
「そなたとて妹がいるであろうに」
「……双子なのだぞ。私がちいさい時は妹もちいさかった。私がこうなれば妹もこうだ。わからない」
 ははぁん、とエルウェはとても楽しそうに笑った。
「それで、わたしに頼りにきたのだな?」
 イングウェはつくりものめいた紫の目をじっと伏せていたが、ついに憮然とそうだ――と言った。
「貴方にはちいさい弟がいるから、何かその、わかるのではないかと」
「そうだなぁ……。……そういえばわたしも妹ができたぞ。そなたと同じように」
 紫の目が大きく開いた。
「同じように?」
「そう。同じように」
 エルウェはからかうような笑みを浮かべたまま、
「わたしには“ちいさな”弟がいるからな。そなたのように娘、というわけにはいかない」
「――黒の乗り手が、増えたのだろうか。それとも世界に惹かれて彷徨い出る者が」
「さあ…?だが我ら3人よりも遠くへ行った者はいないだろう?」
「それは…そうだが…。そう――私のこどもは、」
 むしろおそるおそるといった風情で、イングウェはその言葉を口にした。「私のこども」と。
「とても足が速い」
「………それで?」
「…………黒の乗り手をよく、見るのだそうだ。追いかけられることも――その、頻繁にあると」
「………………」
「………………」
「………………それは、とても危険なのではないか?」
「私もそうは思うが」
「早く、止めさせた方がいいぞ」
「そうは思うのだが」
 常ならば、実にミンヤールらしく決断の早いイングウェが、どうも煮え切らない。
 これは面白い、とエルウェは思う。

「私のこどもは――おそらく、私の父の弟の子だと思うのだが――離れて暮らしていたのだ。どのクウェンディとも遠く、クウィヴィエーネンの丘の狭間で」
「それはまた、どうして」
「はっきりとした確証はない。あの子は自分の名前しか知らなかった……ただ、幸か不幸かミンヤールで行方知れずの者は父の弟しかいないから――その子なのだろうと見当をつけただけで。彷徨い出てから長く経つのに、よくぞ、生きていてくれたと…」

 エルウェもまた目を伏せ、暗闇の遠くに彷徨い出て、そして帰らぬ者たちに思いを馳せた。
 時折は、血を流して動かなくなったクウェンディが見つかることもある。
 それはむしろ幸運なことだといえた。
 戻ってこないことを嘆き、ついには諦め、それでも諦めきれずに自らも後を追いかけて彷徨い出る者のことを思えば――。

「あの子と両親は、暗闇の中で暮らしていた。そしてある日、黒の乗り手に追われて逃げた――そしてあの子は私の方へ駆けて来て、私に見出された。両親が恋しいのかもしれない。我らミンヤールは、そなたらのように家族に特に強い結びつきがあるわけではないが、あの子はそういうふうに暮らしていたのだ。それで――今も時々遠くへ行く」
 イングウェは常の彼のように、静かだがきっぱりと続けた。
「だが、必ず帰ってくる」

「………まるで伴侶に言うように切なく言うのだな」
「そう、だろうか」
「わたしは嬉しいぞ。取り澄ましたミンヤールのイングウェにもこうも揺らぐことがあるのかと!
「うむ。私も驚いているぞ」
「ああ、また取り澄ましたイングウェに戻ってしまった」
「何を言うか」
「そなたがいつもそうであれば――フィンウェに誤解されることも少ないと思うのだがなぁ」
「……私と貴方の仲が悪い、と?」
「まぁ、合わないのは事実だがな」
「合わないというか…フィンウェは無邪気にすぎるのだ。例えば私とフィンウェの気が合わないとして――いや、フィンウェは誰とも“気が合わぬ”などということはないだろう。ほんとうに、無邪気にすぎる。嫌うわけにも無関心でいるわけにもいかぬ」