「シルマリルっておれたちみたいなナリしてたら乙女だと思う」
ある日マンドスで、カランシアの向かいに頬杖ついてフィンゴンがそう言ったので、カランシアは盛大に針を持った手を机にぶち当てて針を折った。
「あぶねっ」
折れた針の切っ先を指で受け止めたフィンゴンを、カランシアは盛大に顰めた顔で見やった。
「………おとめ」
衝撃的だった言葉を繰り返すと、頬杖ついたままでフィンゴンは言い募った。
「そう乙女。黒髪が艶やかで、誰のものにもならないわ的な気位の高さが滲み出るみたいな鋭い目線の、」
「ちょっと待て父上が女だったらみたいな想像図しか出てこないから待てちょっと待ってほんと」
「伯父上が女って、それは怖いな」
「ド迫力の美女だけどちょっと待ってくれ」
「そんなすごい美女か!まあそうか…」
頬杖外してフィンゴンが黙ったので、カランシアはともかく手に持っていた刺繍を横に畳んで置いた。自分の眉間に指を当てると物凄い力が入っているのが分かったので、せっせともみほぐしながら考えた。
なにが父上っぽい美女だって。ええと。シルマリルか。
「アレみっつあるけど。3人いるのか」
「そうだった。じゃあ金髪なのがものすごく素直に告白してもさらっと流してくれちゃうような純真無垢な天然さんで」
フィンゴンが少し身を乗り出し気味に答えてくる。カランシアはちょっとだけ後ろに身を引いて返事をする。
「ああ、それ、金の光がちょっと強いやつな」
「そうそう、で、銀髪なのが捕まえようとしてもするっとそこからいなくなってる優雅な軽やかさんで」
「銀の光が強いやつだな」
「そういう乙女だと思うんだよなー」
「乙女縛りで種類の豊富さのご提示ありがとう。だけどフィンゴン」
「ん」
呑気な顔で首を傾げたフィンゴンに、カランシアは真顔で言った。
「大前提からして僕にはわけがわからないんだが。何故シルマリルがそんなナリになった」
「いやなってないだろ。なってたらって話だろ」
「………そうか」
カランシアは畳んだ刺繍を手に取った。無残に折れた針が目に入った。
「針が折れた」
「そうだな。あ、これ先な」
「――新しい針を取ってくる」
「うん」
カランシアは立ち上がり、部屋から出ようとしてくるりと振り返った。
「フィンゴン。おまえの妄想力には恐れ入る」
見送る形で身体をねじっていたフィンゴンは、ご満悦と名付けたくなるような表情になった。
「ありがとう」
「褒めてないぞ」
「針取って来いよ」
「ああ」
今度こそ部屋を出ていったカランシアが、どこかにぶつかって「痛い」と唸る声が聞こえてきた。フィンゴンはまた頬杖をついて夢想に耽った。
「囚われの乙女で合ってるよなぁ」
呟いた言葉を拾う者は誰もおらず、フィンゴンの夢想はこころゆくまで続けられていくのだった。