王宮を歩いていたら葉っぱが落ちていた。
不思議なこと――だろうか? エレンディルはちっちゃな歩みを止めて、幼子の手には余る大きさの葉を拾い上げた。
緑の葉の表面には、銀色の傷がたくさんついていた。
陽に透かしながらエレンディルはよちよち歩いて、
「あ」
もう1枚そっくりな葉を見つけて拾いあげた。
「う」
1枚拾うとその先にもう1枚見つけた。
「んー」
飛びつくように駆け寄ってまた拾う。何枚拾っても葉には傷がたくさんついている。
エレンディルが葉っぱに飛びつきながら動いていると、行く先の扉が開いて、エレンディルは葉を抱えたまま部屋の中に転がり込んだ。
その葉っぱも今や埋んだ茶灰色に色褪せて、銀色の傷――文字は、今のエレンディルには読むことができる。
「おじいさま」
「うん?」
「この話、もう纏めたのにそっくりですけど…」
声を掛けると、机にうずくまるようにしていた祖父ヴァルダミアは顔を上げて、星にそっくりな銀色の瞳をぱちりと瞬いた。
「え、あれ、ちょっと貸して」
かさかさ鳴る葉を傍らに引き寄せて、ヴァルダミアは左手で傷をたどり、右手で流麗な文字を綴る。
葉の傷は凝縮された文章なのだった。
あの日、この書庫に転がり入ったエレンディルは、祖父ヴァルダミアから葉の原稿ごと歓迎された。ヴァルダミアが各地から集めてくる伝承は、もちろん聞き取りをして覚書を書いてくるのだが、紙が尽きることもよくあるらしい。その際に葉に書くこともあり…最初はまともに文字を書いていたが、何せ小さな葉に書くことだ、どんどん簡略化されて、まるで傷のような記号になった。
エレンディルが祖父の書庫に入り浸るようになると、ヴァルダミアは覚書を読み解くのに、エレンディルに語りを聞かせるようになった。
文字を学んで理解するのとは別に、エレンディルは祖父との時間にのめり込んだ。たったこれだけの線からあふれ出る語りが美しい文字となって並んでいくのに胸が高鳴った。
おじいさまが伝承を集めて来るのなら、わたしは本をつくりたい。
みどりの表紙に銀の飾り文字の本を思い浮かべて、エレンディルは夢想している。ヴァルダミアが、穏やかな声で伝承を語り始める。