たった1年で再訪することになるとは思わなかった。
溢れんばかりの鳥の鳴き声をくぐって港へ入る。港からは馬の旅になる。街道を進めばやがて、やわらかな金の街並みが見えて来る。中央へそびえ立つ天の柱、周囲を取り巻く丘――そして目指す銀の塔が見える。
王宮では、いまや会えなくなった弟に良く似た孫が王として出迎える。
エルロンドさま!壮年の顔に孫の無邪気さを乗せて、王はほっとしたように呼んだ。
「彼は?」
「王の間にいらっしゃいます。……今のところは」
エルロンドはひとつ頷くと、ずんずんと王宮の奥へ進んだ。1年前までは弟の部屋だ、もちろん良く知っている。
「ヴァルダミア!」
扉を開け放って叫ぶと、執務机を埋め、そこから零れた紙束の向こうで、輝く髪がひょいと揺れた。
「あれ、伯父上」
「……痩せたな」
エルロンドがさっと見渡して言うと、彼はすこし肩を竦めた。
「年寄なのですよ。大丈夫、そうすぐに死んだりしません」
立ち上がればその背はエルロンドよりも高い。王よりもすこし年長にしか見えない姿だが、自称年寄は、これでも王の父であり、弟エルロスの長子だ。
「伯父上に聞きたいことがあったんです」
どうぞ、座って――
ヴァルダミアは名の通りの宝玉のきらめきのような金の髪、銀の瞳、顔立ちは母親似でエルロンド自身と似たところは少しもない。だがその瞳に燃える色が、あまりに近い別れを思い起こさせる。
「最後に会った時のエルロスと同じ目をしているな」
「そうですか?」
「……何を見つけた?」
1年前、誰もが予想だにしなかった時に王笏を息子へ譲った先王である甥は、この上なくやさしく微笑んだ。
「わたしの生涯の仕事を」
エルロンドは何も言わずに口を曲げた。
ヴァルダミアの異名をノーリモンという。そう呼ばれるほどに歌や伝承を集めることに熱心であったのは勿論知っているが、その結果がこうなっているとは知らなかった。エルロンドは巨大な書庫をその主に案内されながら思う。
「ここに来るまでの王家の伝承はこれで終いです」
長い話になった。着いた日では終わらず、数日語り、それを書き記した束を抱えてヴァルダミアが歩く。
「この島を廻ろうと思っていました。寄り集まった当時の伝承はここにある。十に届く世代を重ねて、民たちの間には今はいったいどんな物語が生まれているのだろうかと…」
頭を巡らし、見つけたのだろう棚の隙間に束を押し込む。
整理もしたかった、と小さく呟くのにエルロンドは眉間に皺を寄せる。
「でも、どうなるか…。時間が足りない」
またその目をする。エルロンドは胸につかえる何かを飲み下そうと歯を食いしばる。
ヴァルダミアは振り返り、不意にひそめた声で言った。
「わたしが去る前に、伯父上、贈り物をしますよ」
「え?」
「王者の贈り物ですよ、楽しみにしていてください!」
書庫に高く笑い声が響く。重ねた歴史を貫いて、彼はいつも先を見ている。エルロンドは微笑む。エルロスの子だ。いってしまうのだ。先へ。
「王の仕事だな」
書庫を見渡して言うと、ヴァルダミアは、後々は、そう、と呟いて溜息をついた。
「だと、良いのですが」