マンドスねこあつめ

 マンドスの住人が片手で数えられる程になった頃(起きているのが、と補足しておく)、フィンウェは暇に任せて掃除に勤しんでいた。
 掃除と言ってもここには通常の物質はないのだから、本当のところは残留思念とでも言うのだろうか。思いの強さで何が出来るのかはものつくりに長けた息子が証明している。彼はまた何かつくっている。いつだってそうだったが、フィンウェはフェアノールのすることに頓着しない。
 もはやこのマンドスにいなくなった者たちの残したものは、ひとりにひとつあるかどうかだ。それでもかつてマンドスにいた人数を思えば、その数は膨大なものになる。整理したいなと思わなくはなかったが、整理せねばならぬというものでもなく、ただ暇だから……本当に、堂々と暇だと言えるものだったから(現世から末息子の悲鳴が聞こえた気がしたが黙殺する)、掃除をしてはその残されたものを集めて、たまにそのがらくたに埋もれて過ごしていた。
 だからフィンウェにとって、中庭に「それ」を置いたのも、暇に任せた掃除の一環だったと、言えなくはない。
 で、その後に赤いボールを蹴り転がしてしまったのも「おそうじだよ」と真顔で言ってのけるくらいのことはしそうだった。

 はじめはとびとびのぶちがある三毛だった。
 赤いボールにじゃれつき抱えて、なんだか懸命にふりふりと揺らしていた。
 次も三毛だった。いかにも三毛なその子もボールには興味を示していたが、つんつんつついて転がして、最後に跳ね返ってきたのに驚くとぴゃっと逃げ去った。
 そのボールの転がった先でおすわりしてじっと様子を見つめていたのが縞のある三毛だった。縞三毛が手を出そうか、そろっと動いた時に軽やかにとび三毛が現れて赤いボールにじゃれつき始めた。フィンウェは声をたてて笑った。
 丸くて転がるものをなんだかんだ庭に蹴り出していったので、庭の訪問者はひょいと覗くと増えていたりする。
 灰色一色の子はボールのようなもちっとしたものがお気に入りで熱心に転がしていたし、白い子黒い子は取り合いもせずに糸玉にじゃれつく。
 白縞の子は固い球を器用に跳ねあげて転がしていて、近くで灰縞の子が丸くなっていた。
 白黒ぶちの子だの、下が白い黄縞の子だの、足だけ白い黒毛の子だの、紅葉のような赤毛の子だの、来るわ来るわ……その頃にはフィンウェは掃除の一環のふりをすっかり止めていて、がらくたの山からわざわざ何くれと引っ張り出しては庭に並べて置いたりし始めていた。

 そしてある日、庭の端にぼんやり座って眺めていると、あのとび三毛がふに、と膝に乗り上げてきた。
 ぐり、と小さな頭をフィンウェの腹に擦り付けて、顔をあげてくわえていたものをぽとりと落とした。
 飴色につやつやのそれをフィンウェは掌に乗せてためつすがめつ眺めた。掌の向こうで、とび三毛は、満足げな顔をしてフィンウェを見つめていた。
 ――あ。
 フィンウェはつやつやのどんぐりをつまみ上げると、とび三毛の前に掲げて、ゆっくり微笑んだ。
「ありがとう、ふぇあのーる」
 みゃう、ととろけそうな声で鳴くと、とび三毛はまたフィンウェの腹に頭を擦り付けた。フィンウェは小さな頭をくりくりと撫でた。

 さてそれからどれくらい経ったか、件のとび三毛を片手にわっしと掴んでフェアノールが庭にやって来た。
 息子のそのむくれた顔と、掴まれて拗ねたとび三毛の顔がまあ良く似ていて、フィンウェは笑いをこらえきれない。
 そんなフィンウェの背後に広がる庭の惨状を見ると、フェアノールは絶句した。唇が何度かわななき、やがて絞り出すように言った。
「な、なぜ――こんなに、猫が」
「集めたから?」
 軽く首をかしげたフィンウェの元に、フェアノールの手を抜け出したとび三毛が飛び込んでくる。
 フィンウェはとび三毛の背をちょいと撫でると息子を指し招いた。フェアノールが眉間に皺を寄せたまま隣に座ったので、フィンウェは逆側にちんまりおすわりしていた縞三毛を抱き上げると、フェアノールに手渡す。
「はいこの子、ふぃんごるふぃん」
「はっ?」
 咄嗟に受け取ったフェアノールの膝に、三毛がもう一匹上がり込む。
「あ、その子はふぃなるふぃん」
 フィンウェがのんびり言うと、とび三毛がフィンウェの膝からするりと降りて、フェアノールに突進した。
「父上!?」
 困惑した息子の叫び声を背に、フィンウェは庭に下りる。

 庭をひとめぐりしてフィンウェが戻ってくると、毛玉に埋もれた息子が倒れている。
 白黒赤さび、とりどり好き勝手になつかれ乗られているフェアノールの頭の脇で、とび三毛がのんきに毛繕いをしていた。
 名付けが大当たりだなと思いながら7匹にまとわりつかれているフェアノールの頭を撫でると、顔に乗っていた赤毛の子をやはりわっしと掴みあげて、何だか難しい顔で見上げてきた。
「つまりこれは……まえずろす?」
「そうなるねえ」
 フェアノールが上体を起こすと、胸の上に乗っていた白黒たちがぼとぼと落ちた。足だけ白いまぐろーるがすまして頭の上によじ登っている。
「ふぃんうぇはいないんですか」
「まはたんとるーみるはいるよ」
「くっ」
 やたらと悔しそうに声を洩らしたフェアノールの背を、とび三毛のふぇあのーるがべしべし叩いていた。

 マンドスを猫屋敷にする気か、と問われてなーもと名付けた猫をナーモに押しつけたのは後の話になる。勝手に集まってきたんですとかいう主旨のことをフィンウェがつらつら並べ立てている間中、ナーモは毛並みを撫でる手を止めなかった。
 だから庭には、今日も、猫が集まっている。