歌を聞かせて

 ヴァラールの音楽は虹色と白の多彩な輝きで表される。けれどニエンナはその多彩さを透明なヴェールでくるんで、静謐な夜にたゆたわせたいと思う。
 夜と闇は近しく、闇と光もまた親しい。ニエンナの司る嘆きは、どんな生命にも慕わしく、また厭わしい。
 外なる暗い海を眺めて、ニエンナすら時おり、無性に虚空に向けて叫びたくなる。
 光と影の織り成す大気の波濤の打ち寄せる岸辺で、音楽を切り裂くように叫びたくなる。

 いつのことかはすでに記憶に遠くの頃、叫び出したいような気分で佇んでいたニエンナの背後から、鋭い音楽を虚空に放ったものがいる。
 振り返り、どこか気まずく佇むメルコールを見つけて、ニエンナはこみあげる愛しさを認めた。
「涙のようです」
 灰色の岸辺でニエンナは静かに言った。メルコールは小さく息をついた。
「そなたの岸辺を煩わしたようだ」
「待って」
 身を翻しかけた彼に、ニエンナは願った。
「どうか、もう少し。メルコール。その歌を聞かせて」
 メルコールは紫陽色の瞳を軽くみはった。
 灰色の波を映すその瞳を、やはりニエンナは溢れるように愛しく思った。
「騒乱と、不安と――」
 メルコールは頼りなげに呟くと、ニエンナの瞳を覗き込んだ。
「――傷のような。そんな歌でもか」
 ……ニエンナ、名を囁かれて何かが堰を切った。メルコールは苛立つように眉をしかめた。
 指先が、ごく軽くニエンナの頬をかすめた。
「……泣いている、」
 メルコールはその指で自らの唇に触れ、びくりと目を逸らした。
「やはり聞かぬが良い。そなたには必要あるまい」
「いいえ、」
 ニエンナは微笑んだ。胸を満たす思いの名が今、わかった。
「いいえ、メルコール。どうか聞かせて。貴方の思いを。その歌を」
 指が触れた。
 息を飲む、その音をニエンナは慕わしく聞いた。
 紫陽に煙る瞳の中で、ニエンナの顔は喜びに満ちていた。