見晴らせば、遥か

 メネルタルマに登らないか、とファラゾーンが言った時、いとこ殿は、幼子のようにきょとんと、銀真珠のごとき瞳を瞬かせた。
「おまえが? 祈願祭でも、礼賛祭でも、感謝祭でもないのに?」
「それ以外の時は自由だろう? ――その時も、もう禁じる者はいないが」
 王と王妃は共犯者の微笑みを交わし、連れ立って出かけた。夏の終わりの頃だった。

 ミーリエルの調子は良いようだった。馬を降りてからも歩みは軽やかで、ファラゾーンはこの病弱ないとこの足取りを見守るように歩んだ。
「ヴァリノールは見えるだろうか」
 抜けるような空を見上げてファラゾーンが言うと、ミーリエルはカリオン、カリオン、知ってるだろうに、と明るい笑い声をあげた。
「見えるのはヴァリノールではない」
「だから見たいんだ」
「ではおまえの目が大鷲より鋭くなりますように!」
 最後の急坂に息を弾ませて、笑いを含んだ声でミーリエルは言った。ファラゾーンはしばし立ち止まって、いとこ殿の黒髪が、青空に光を返して銀色に輝くのを見ていた。

 驚くほど大気は澄み渡っていた。
 ミーリエルは西にふわりと視線を投げ、その上の青空を見て、音のない落胆の微笑みを見せた。
 振り返り、ファラゾーンに手を伸べた。ファラゾーンはその手を取り、共にメネルタルマの聖所を西の方へ歩んでいった。
 眼下の彩は薄らとヴェールをかけたような金色に霞んでいたが、島の外は、声を出せば鋭い矢になって飛んでいくかと思われるほどに晴れていた。
 ミーリエルは西方遥かを見ていた。白く輝く塔と港を、ファラゾーンはミーリエルの瞳に見ていた。

 手を繋いだままでいた。だからファラゾーンは、前だけを見て、言葉を口にした。
「船出をしたいんだ」
 ゆるりと首を傾げる気配がした。
「東へ? なぜ?」
 ファラゾーンは遠い思い出をたどるように言った。
「西へ」
 息を飲む音がした。歩みは止まらなかった。
「――ヴァリノールを見に?」
「そうかもしれない」
 ミーリエルは叫びだしそうに息を吸った。だが言葉は吐き出されることはなかった。繋いだ手がするりと離れた。
 立ち止まったファラゾーンを置いて、ミーリエルはふらふらと数歩進んだ。
 歩みを止めて、重い沈黙が流れた。空は相変わらず輝ける青で、立ち尽くしたミーリエルはあまりに寂しく佇んでいた。
「わたしがどうしておまえを止められるだろう」
 ファラゾーンは夢に呼びかけるような声で応えた。
「ジムラフェル」
「カリオン、おまえが本当に望むなら――」
「ジムラフェル!」
 踏み出せば、王妃はただちに王の手に納まった。
「ちがう、おれが悪かった。もう言わない、ジムラフェル」
 ファラゾーンは大気に消え失せる形を留めるかのようにミーリエルを抱きしめた。眩むように空はひたすらに青かった。