実りを彩るような金髪の従兄は時折洞窟の都をふらりと出て姿を消す。
兄たる王と比べて逍遥とも失踪とも呼べない、その散歩を、彼自身は迷子になると言い、わたしは、森に紛れに行くと言う。
戯れである。
ケレゴルムが迷子になるとわたしは森へ出かける口実を得て心はずませる。
わたしが森に紛れた彼を見つけると、彼は驚いた瞳でわたしを見つめ、海の傍で見たことのある顔をして、それから薄りと笑う。
そして一緒に、手をつないで帰る。
その日もそうやって、まるで緑に溶けるように静かに紛れている彼を、わたしは真正面から見つめながら歩む。
今回は木のように紛れている彼は、その時々で違うふうに森で迷子になっている。眠る獣のようでもあり、隠れる鳥のようでもある。
月の下でもそうでなくても、彼は愛する森を全身で感じている。そして支配者の性のまま、戯れに紛れる。
けれどその時、常ならばすぐに気づく筈の彼は、わたしを見たのに見ていなかった。わたしは息を合わせる。森に広がるように歩む。
果たして、呼びかけると彼は小さく息を飲み、ひとつ瞬きをすると頭を振った。
「お前の気配は読みにくい」
吐き捨てるように言われたので、わたしはつとめて穏やかな声を出す。
「今は、見えてたでしょう」
「見えたなんて言えるか。すっかり溶けて、そんなのは、」
彼は言い、不意に言葉を切った。ああ。嘆息する。
「じじさまが、そうだった。あのひとは、まるで森なんだ」
ああ。わたしも笑う。それが聞きたかったんだ。
「そうだろうね。憧れだもの」
憧れ?ケレゴルムは探るようなとがった声で続ける。
「鋼を愛する匠が? 炎に魅入る石の男がか」
「火と金気を纏う木の心を持つ方だよ」
彼は眉を顰め、なんだってさっき見紛うた、と唇を噛んだ。
「お前は木からはほど遠い」
「そうだね」
「お前は兎だ。鳩だ。潜んだって分かる。辿れる。そこに見えているのに遠い処なんて行くわけがない」
彼は頑なな実にでもなったように丸くなる。芽吹きを忘れた種のような目つきをする。
わたしは何かに繰られるように訊く。
「怖いの」
彼は瞳を閉じる。
「ああ」
わたしは月の下、静謐な森を見渡す。
「こうして紛れに行くところなのに?」
「俺は迷子になるんだ」
ひび割れたような声だった。わたしは木々が囁くように告げる。
「そう思うのは、あなたが森をよく、……よく知ってるからだ」
彼の身体がびくりと震えた。ぽかりと開いた瞳が淡い月光をとらえ、きっと彼方の森を見晴らした。
「――そうか」
「そうだよ」
手を差し出すと、ケレゴルムは見慣れた、少し引き攣れた微笑みで手を重ね、不意にことりと落ちそうな顔をして手を握った。
「なあ、今夜はここにいないか」
朧な月の光の下、いっさいを飲みこみそうな漆黒の瞳を見つめる。そこにどうしても躍る火を見出したくなる。
「なら、薪を探さなくては」
わたしは応え、踵を返す。彼の手を掴む。彼が手を掴む。
そしてふたりで、森に紛れた。