ねぇトゥルカス、とすっかりなじんだ呼びかけをされて、トゥルカスは、なんですかなネッサ、とこちらもなじんだ返答をした。
彼らは夫妻だった。しかも新婚ほやほやだった。なんといっても、ついさっき、結婚したのだった。
というわけでふたりがイチャついていても誰も何も言わなかった。
…むしろ夫妻がイチャつくのなんかヴァラールは長上王夫妻で慣れきっている。
ところがその新婚ほやほやのネッサは、夫にこう言ったのだった。
「トゥルカス、あなた、……わたくしのどこがお好みですの」
もしかして、これは、自分にもう一度口説けと、そう言ってるのだろうか。
「あー…。“オロメの妹なところ”とでも言ってほしいのですかな?」
トゥルカスはなかなか困ってそう返した。あらやだ、とネッサは口をとがらせた。
「兄上の妹なのはわたくしの誇りだけれど、それはイヤね」
「そうですな。わたしは貴女がオロメの妹でなくても愛してますぞ」
とんがった口がふにゃ、と緩んだ。少し顔を赤くして、ネッサはトゥルカスをべしべし叩くと、それで?と聞いた。
「それで、とは?」
「だから、わたくしのどこがお好みですの?」
「その…どうしてそんなことを思いついたのですかな?」
問い返すと、ネッサはトゥルカスの背中にしがみついてぼそぼそと言った。
「…だってわたくしは、あなたが守りたいと思うようなものを何も生み出してないわ」
トゥルカスは目をぱちくりさせた。
背中にしがみつくネッサを前に抱き込んで、膝に座らせて、顔と顔をつきあわせて、おもむろに口説きはじめた。
「――わたしは“手助けのために来た”と申しました」
「ええ、アルダを守りたいってことでしょう?」
「それは勿論です。アルダを造る貴方がたのために来たのです。アルダを守るのはまずひとつの目的ですな。
けれど、わたしが守るのはアルダだけではありませんぞ。
貴方がたも守りたいものなのです」
わかるけど、わからない、といった顔をしているネッサに、トゥルカスは続ける。
「アルダを守り、アルダを造る貴方がたを守りたいと思っております。
中でも特に守りたいものがわたしにはあるのですぞ、ネッサ。貴女だ」
覗き込んで言うと、ネッサは赤紫の瞳を揺らして、でも――と言いかけた。
「貴女が何も生み出さないと?それは違いますぞ」
トゥルカスはきっぱりと言った。
「貴女は音楽を目に見えるものにする。そのことで喜びを、楽しみを、幸せを生むのです。
貴女の踊りにアルダは音楽を見る。歌を見る。見ることに喜びを覚える。世界の美しさにもういちど気づく。
……この世界の美しさをもういちどわからせる。
それがどんなに素晴らしいことか、貴女はわからないと言うのですか」
それに――、トゥルカスは続けた。
「貴女がわたしのリズムで踊る。それでわたしはアルダと繋がることができる。
創生の音楽よりももっと強く、アルダを支えることができる。
わたしが何かの役に立てるとすれば、それは貴女がいるからなのですぞ」
ネッサは無言でトゥルカスに抱きついた。トゥルカスは困ったように言葉を重ねた。
「だから、どこ、と言われてもはっきりとは答えられないのです。わたしはネッサのすべてを愛しておりますれば」