大物を組む時、工房の床を片付ける。2日がかりで確保した作業場には件の大物が半分ほど組み上げられて放ってあるが、アウレは作業の手も進まず気もそぞろだ。
組み上げ途中でどうにも合わない部品を見つけ、果てしない微調整に入っていた。当然床にぺったりと座りこんで、ちょっと顔を上げれば問題の箇所が目に入る。
共に作業していたマハタンは、先程まではアウレの隣で、図面を睨んで首を傾げていた。
アウレは基本的に図面を描かない。
エルダールに教えるようになってからは図面や設計図、素描が増えたが、大半は何も無しでつくる。絵に描いたり試作をしたりさんざん悩んだのは、実にドワーフだけであった。
今つくるものの大半は、エルダールが図面に起こすのである。
マハタンは完成してから図面を書く。紙の上で試行錯誤はしない。紙があまりなかったものでとは言うが、どちらかと言えばその場で育つような造形を楽しんでいるのだと思う。
そういうわけで、まさに今組み上げているこの図面をマハタンは書いていた。のだが。
ゆらゆらしているな、とは思っていたのだ。うつらうつら、その言葉が正しく、赤銅の頭がゆらっと下がってはっと上がる。
ふと、膝に温かい重みを感じて手元から目をやると、まさにマハタンがアウレの膝に頭を預けて眠っていた。
アウレはわなわなと震えた。
とかく、自己を律する質なのだ、マハタンは。厳しすぎるということはないが、決めた一線は譲らない。居眠りなど――工房に出入りするようになって初めてのことだ。
震える手で採光の為の光の滴の桶にいくつか蓋をして、すこし暗くなった作業場で愛で子の寝顔を覗き見る。
かすかな寝息も穏やかで、少しくすぐったいような気持ちでアウレは笑みを零す。
マハタンの手から落ちた図面を避けておいてやろうと手を伸ばした途端、
「アウレ、早急に姿を作らなくてはならなくなった。ナーモみたいな」
「ぅぎゃああああああ!!?」
桶の蓋がぱかん!と外れてざばっと立ち上がったのはみずいろの雑な人型で、アウレは絶叫し、膝の上でマハタンがびくっと震えて起き上がった。
そのままそそくさとマハタンがその場を離れるのをアウレは名残惜しく見送った。ほっぺ赤くなってた可愛い。
水の王を睨むと、ウルモは平然とどうしたら良い?と尋ねて来た。アウレはぎりぎりと歯噛みした。
「ううううう!ウルモのマンボウ!!」
「こうか」
水の王はきらきらしたみずいろでマンボウ型になった。
「ああいいね。今後打ち上げられたマンボウになれば!?」
「そうか」
「ちょ待てウルモ待て!!」
そのままマンボウが消えようとするのでアウレは叫んでウルモを掴んだ。
「だめか」
「水たまりの方がマシだろ…。描いてやるから、待て」
ナーモみたいな、と言うからにはあの宣告の時のような姿を望んでいるのだろう。アウレはぼんやりしたウルモの言葉をせっせと拾い集めて形にする。
鴎や白鳥では埒が明かぬ、と零したのには苦労するものだなとは思ったが、オスセの暴れ方とナーモの宣告を潜らねばな、と言われて筆を取り落した。
「なんだその難しいの…。え、海から出て来れない感じか」
「出るが」
「心配するだけ無駄だった」
顔はこんな感じ、と見せるとウルモはすぐに顔を形づくる。本当に、明確に見せればすぐに姿を結ぶというのに、自分でつくるのは苦手なのだ。言葉の曖昧さもそれを表している。
「ウルモってすぐ分からないと困るだろ。ここは鱗っぽく、ここは海草っぽく、あとあぶくと波か…、あ、何時出るんだ」
「この分だと夕刻になるだろうな」
「じゃあ外側は銀っぽく、内側もなんか光った方が良いだろう、……何かあるか?」
「海蛍でどうだろう」
「ならそこの緑のところにはそれで、はい結んで」
ふむ、とウルモは頷くと桶の滴から姿を立ち上がらせる。
「髪もっと長く…えと、もっとでかくなるだろ?――そこでやらなくていい」
素直と言えばそうなのだろうが、一心になりすぎると言ってもいい。だがそれだからこそ、今ウルモは、ウルモだけが、遠いかの地と関われている。
その一心さにためらいはない。
くれぐれも驚かせすぎないように。懇々と言うと、ウルモは重々しく頷いて光の滴に溶けた。
知らぬふりをしてここまで来た。本当は、大地の震え方も火の脈も、そしてその上に住まう子らのことも気になって仕方ないのだけれど。
アウレは躊躇った。結果がこれだ。今はまだ、自分の選択から逃れ得ない。
警告か、アウレは深く息をつく。溜息の形に水面は波紋を映し、消えた。