「要るのは愛でる対象だ」
オルウェはにっこりと微笑んで言いきった。
フィナルフィンはその笑顔をうっとり眺めて、それから、「え」と声をあげた。
「生きていくために要るものだよ。わたしはそう思う」
「愛でる対象…ですか」
「そう」
オルウェは身をひるがえして、部屋から大きなテラスへ出た。
「生きていくために、と限定するのは良くないかもしれぬな。何をするにしても、と言うべきか。だがそうすると“愛でる”には限らぬだろうし…」
「つまり、何をするにも何かのためであるべきだと?」
フィナルフィンは追いすがり、共に真珠の都と海とを眺めた。
青い碧い海と、白い船。乳白色と銀の美しい都。
「何かよきもののために、だな」
オルウェはフィナルフィンの方を向く。
「愛でる対象は人であるかもしれない。物であるかもしれない。だがそれをまっすぐに愛で、そのために為すことならば、おのずからよき方へ向かうだろう」
そう願っている――、オルウェは海を向きながら続けた。
「わたしは我が民がかわいい。だから、かれらの望むことなら、できれば叶えてやりたい。わたしはエアルウェンがかわいい。だから、」
言葉がとぎれた。フィナルフィンは、先ほどからじっとオルウェを見ていた。
オルウェはゆっくりと、深い海色の瞳をまたたいた。
「フィナルフィン」
「はい」
「わたしは、そなたもかわいいと思う」
「……はい」
どぎまぎしながらフィナルフィンは返事をした。
「―――そなたは…」
その後の、かすかな呟きをフィナルフィンは聞き逃さなかった。
言うべき言葉は決まっていた。しかもそれは、あまりにフィナルフィンの気持ちと添っていた。
そうして、告げて、ふわりと笑んだオルウェを見て、フィナルフィンはつくづくと思ったのだ――
……まこと、愛でるものというのはよきものである、と。