孤児たちの宮廷

 私の仲間は戦災孤児ばかりだな、とギル=ガラドが言ったのはいつだっただろうか。上級王はたいそう立派な君主であったが、その実なかなかの寂しがりやでもあった。仲間と呼んだのは身内と、ほとんど身内と、身内と言っても良いだろう顔ぶれのことで、確かに皆よるべなき孤児であった。年を思えばこどもと言うには大分育ちすぎてはいても。
 エルロンド自身もこどもであった。保護者がいた。他ならぬギル=ガラドである。
 ギル=ガラドは純粋なエルフで、対してエルロンドはと言えば半エルフと呼ばれる身の上である。
 育つ速さが違うのだから仕方ないとはいえ、その昔、自分よりよほど幼い見目の少年に「私が保護者だ」と言われても、片割れと怪訝そうな顔を見合わせるくらいしか出来る反応はなかった。
 言った幼い保護者はエルロンド達が産まれる前に即位した、まこと立派な王であったのだが。
 孤児ばかりだと言ったその頃は、ギル=ガラドはエルロンドの背を抜いていて、可愛がる仕草も見目と合わないものではなくなり、エルロンドの方も彼の、兄のような親愛のこもった振る舞いに慣れてきたところだった。

 そう、兄である。父ではない。

 戦災孤児ばかりの仲間はひと癖もふた癖もある己の父たちの話に花を咲かせていて、エルロンドは父のことを考え、背筋をぞくっとさせて考えるのをやめた。
 父とは「何」か、それがわからない。
 エルロンドにとって「父」というのは具体的な姿を持つものではなく、このようであるものだという概念の側面が強かった。
 もちろんエルロンドの父は称うべきエアレンディルであり、そのことを疑ったことはない。かの英雄を尊敬する気持ちは誰に劣るものではない。
 ただふと、自分は父を知らないのだと思うと、なにか恐ろしい深淵の縁に立っている心持ちがする。
 知らないと言ってはいけないのかもしれない。けれどただ一度の邂逅で何を知るでもなく別れた、その時に感じたのは何よりも畏れが強かった。
 エルロスはそうではなかっただろう。
 抱きしめられた時に感じたのは、こわさではなかっただろう。
 それでも片割れは、取り残されたふたりになった時にエルロンドを抱きしめて、かたい身体がゆるんだのをその身で知っている。

 ―――エルロンドには養い親がいた。マグロールと、マエズロス。重い重い誓言を負った、ノルドの公子たち。口に出すことはほとんどないが(戦災孤児仲間の一部がそうであるように)、感じた愛をなかったことには出来ない。エルロンドは養い親たちを愛していた。今ではそう言える。
 けれどもマグロールは父というより母のような愛情であったと思えるし、マエズロスは――おそらく「変わり者の伯父」がしっくりきた。本人もそう振舞っていたように思う。

 エルロンドが歌や語りを学び集め、およそ伝承というものを貪るように深く考えだした時、ギル=ガラドはぽつりと言った。
「父君たちのことをよく集めておくといい」
 咄嗟には分からなかった。ややあって、ギル=ガラドはエルロンドの「親」たちを皆知っていることに気がついた。ギル=ガラドからしてみれば彼らは等しくエルロンドの「父」だった。
 違うんです、喉から出かかった言葉をエルロンドは飲みこんだ。ギル=ガラドがとても柔らかな表情でいたからかもしれない。
「あなたのことは?」
「……当分死ぬつもりはないぞ」
 エルロンドにとっての兄のような保護者は、幾分か拗ねた顔をしてみせた。
 その瞳こそ「父」のものかもしれなかった。