「ピンチからの救出」

 ヒェ~~カッコイイ~~、と、どこから出したか疑うような声でフィナルフィンが呻いたので、マエズロスはちょっと笑いそうになった。実際のところ完全に唇がにんまり弧を描いた。けれどフィナルフィンと目線を合わせた時にはとっくに澄ました顔に戻っていた。
「えっちょっと格好良すぎない? これホント?」
「うん。格好良かった」
「素直!」
 フィナルフィンは大口開けて笑うとまた手元を見直した。
 トル・エレスセアでは聞かれるだろう歌――行方知れずの弟マグロールがかえってくるまでは本当の意味では聞くことはない歌、ノルドランテ――が、こうして「曲」と「詞」に分かれて伝わったことに、マエズロスは何か大きな力を感じている。
 ティリオンで『ノルドランテ』は当然読まれているが、全編を奏でられることはまず無く、抜粋で人気のあるひとつが『フィンゴンの勲』だ。その話題になると当のフィンゴンがやや遠い目になって、それからスッと素晴らしい公子様の顔をするのを、マエズロスはかわいく思っている。マエズロスにしてみればフィンゴンの功業は当然世に知られて然るべきであるし、何せこの部分はマエズロス自身がマグロールに語り、そして弟が喜ばしい気持ちで作ったと知っているので、なおさら周知に励みたいところだ。
「英雄だなあ……格好良い……いやこれはすごい…」
「そうだろ」
「出来事として知ってはいたけどね? いやあ一緒にって駄々こねて良かった」
「なんだそのやりきった保護者面」
「幼なじみ面だけど」
 マエズロスとフィンゴンは、フィナルフィンの全力の要請によりあまりに早く現世に舞い戻った。並べ立てた理由は全部ノルドールの王としてほんとうで、それら全ての根本にはフィナルフィン曰く「淋しかったから」があると言う。
 君がいなくて淋しかったから。でもフィンゴンがいないと淋しかろうと思って。あんまりな無茶をそんな理由で成し遂げた幼なじみを怒鳴って殴って抱きしめられたのは蘇ってすぐのことだった。すっかり余裕のある王のふるまいをするフィナルフィンは、けれどいつでも変わらぬ好意を伝えてくる。
「私は鎖に繋がれた君を颯爽と救け出すような芸当できないからね。君を鎖に繋がせないようにするよ」
 瞬間、呼吸が止まった。は、と開いた唇からは存外に平静な声が出た。
「……ふぅん。そっか」
 あっ信じてないなー、本当だよ!とわあわあ言うのに背を向けて、マエズロスは窓の外を見た。
 午後の光は金色で、かつても見たような色で、そして違って。風変わりな現在を強く感じた。
 誰も見てはいなかったけれど、きっと限りなくやさしい顔をしただろう。こんなに満ち足りているのだから。