「影から見守る」

 マンドスの一角で真面目な顔してマエズロスは言った。
「影からそっと見守りたい」
「無理でしょ」
「向いてませんよ」
 間髪入れず向いに座る2人が答えたので、マエズロスはしょぼんと音がしそうなくらい項垂れた。
「だめか…」
 ケレブリンボールとエレイニオンは生前からよくやっていた目線会議をささっと開催した。伯父上どゆこと?わからない…
 こほん、と咳払いをして、エレイニオンは真摯に声をかけた。
「堂々と見守れば良いのでは? 私にそうしてくださったみたいに」
「えっ」
「え?」
 マエズロスが愕然としたのでエレイニオンもうろたえた。
「あれは……見守ってくださっていたわけでは」
「いや見守ってはいたが! その」
「あ! わかった伯父上的には『影から』だったんでしょ」
「えっ」
「あ」
 3人の間に妙な沈黙が落ちた。
 マエズロスは「影から」の定義について考えた。
 ケレブリンボールはエレイニオンに向けてにっこり笑ってみせた。
 エレイニオンは再び咳払いをして、
「マイグリンのことですがーー」
「マエズロス伯父上は普通に会った方が良いと思う」
 ケレブリンボールが横から言うものだから、ちょ、それはそうでも、ああもう!という視線を再従兄に投げた。
「その…、すでに恩義を感じている段階で影から、は無理があるかと…」
 そう。マイグリンのことである。
 マンドスに来た魂がすぐに活動できるかどうかは個人差がある。死に方じゃない? とケレブリンボールは言ってエレイニオンをしとしと泣かせた。であるので死んだ時期とマンドスで他の死者達と顔を合わせる時期に開きがあるものも多いのだが、マイグリンに関しては関係者一同が顔を合わせた後、ある意味で仁義なき親権争いが開催されたという。詳しくはケレブリンボールもエレイニオンも知る由もないが、決着だけは知っている。マエズロスに行き方を聞いたフィンロドが、マイグリンの手を引いて駆け込んだのであるーーフィンウェの所に。
 それで今に至るまで、マイグリンはフィンウェとフェアノールの所にいる。実に正しい隔離保護だったと現状再従兄弟たちで会うようになってからエレイニオンは思った。ケレブリンボールがあっけらかんと「マイグリン、あーそーぼー!」と突撃しなかったら、エレイニオン自身もおいそれとは近づこうとしなかっただろう。
 マイグリンと話すようになってからよくよく、更に、わかったことだが、ノルドールの大体のことはマエズロスとフィンゴンとフィンロドがまともに話し合えればうまくいく。
「適格保護者認定長兄ズ…」
「え?」
「いえ何でもないです。ともかくもう恩人認識をされてるんです」
 エレイニオンが説明すると、横でケレブリンボールが深く頷いた。
「普通に来てくれた方が嬉しいよ」
「今度私たちでいる時に顔を出されてみるので……いかがですか」
「変に様子をうかがわないで良いから」
「そうですね。壁際にいる方が目立ちます」
「そんなことしてたの」
 可愛い甥っ子たちにやいのやいの言われてマエズロスは更に落ち込んだ。
「…………影から見守れていると思って…」
 再び目線会議が開催された。マエズロス殿はご自分の美貌に自覚が無いよね。ほんと隠れるの無理だと思うんだけどぉ。
 みたびエレイニオンは咳払いをして、
「堂々と見守ってくださったら安心感があります」
「影から見守るのうまかったのはケレゴルム伯父上とカランシア伯父上。全然方向性違ったけど」
 だからこの再従兄はまったくもう。エレイニオンは眉間の皺をちょっと揉んだ。
「親父様は、心配してくれてるのは分かるしそれを伝えようとしてるのも分かるけど、物言いが悪役」
「はっきり言いすぎでは」
「親父様は俺が息子ですンごい幸運」
「それはそうだろうけど」
 ぽんぽんとやり取りをして再従兄弟どもは口をつぐんだ。落ち込んでいたマエズロスがちょっと涙目で顔を上げたからだ。
 だって。消沈した声で、それでもマエズロスはきっぱり言った。
「影からの方が……かっこいいじゃないか」
 ケレブリンボールがぱかっと口を開けた。エレイニオンはすごい勢いで立ち上がった。
「マエズロスはかっこいいよ!!」
 ケレブリンボールがこくんと頷いた。エレイニオンはすとんと座った。
「……いつも」
「……ありがとう」
 2人してほんのり照れている様子をケレブリンボールが見守っていた。