「ベッタベタにほめる」

「マグロール、ベタ褒めしておけ」
 兄の言い置いた背中に、はぁーい、と気の抜けた返事をマグロールは投げた。
 光る石のランプの揺れない光は、褒めておけと言われた従弟の困惑した顔をはっきりと映している。
 今日はフィンゴンが来るはずだったので、あの上級王陛下がまた供も連れずに現れてしまいそうだったから、マグロールはわざわざ砦の外で待ち受けていたのだった。日暮れ前からの嵐は宵の空をうす明るく彩り、ぬるい風が雨粒を弱く、強く、叩きつけてくる。とにかく風が強いのがいけない。むっつりと門前の道を見つめたところで、悄然と馬を進める従弟を見つけた。
 それが思いも寄らぬ金髪の従弟殿だったので、それなりに慌てて門の外に飛び出した。
 声をかければ、いつも天真爛漫な従弟がそれはもう迷子のこどものような眼差しで、どうしようーーと、実のところマグロールは震えあがって兄のところに駆け込んだ。
「――フィンロド」
 マエズロスも戸惑ったようだったが、そこからすぐに大きな布でフィンロドを頭から包み込むと、
「どうした?」
 アッ兄さまの声だ~!とマグロールの頭の中で花火が打ちあがるくらい優しい声で、よしよし、うん、ゆっくりでいいぞ、と語りかけながらずぶ濡れの従弟をわしわし拭いた。これは一緒に謝りに行ってくれる兄さまの声…、マグロールはしばし懐かしさに浸っていたが、伝令が来たので、仕方なく割って入った。
「兄上、フィンゴン来ましたよ」
「おお」
 マエズロスはフィンロドを一撫でして額に口づけると、件のベタ褒め指令を出して去っていった。
 マグロールはともかくもフィンロドを座らせた。伶人と言われる身の本気のほめをお聞かせしようと思って――

「これちょっと違いますね?」
「ここまで誉めておいて何を言うの…」
 耳まで真っ赤になったフィンロドが、消え入りそうな声で言った。マグロールは、うん、とひとつ頷いた。
「個々のつきあいを全然して来なかったじゃないですか私達。だいたい誰かいたし。私の手持ちに身近な褒め事が足りない。あなたに美点が多いので壮大な誉めは余裕ですけど」
「ちょっと待って褒め事ってなに?」
「えっ兄弟間でやりませんか。前髪切ったの可愛いねとかそういうやつ」
「まえがみきったのかわいいね」
「ケレブリンボールが得意ですけど。聞きませんか」
 フィンロドは赤い顔のまま、しばし目線を彷徨わせた。
「……『親父様が三歩目でたったたーんってなってた、可愛い~』って言っていた、アレ?」
「それはずいぶんごきげんなクルフィンでしたね」
「あっ、おはようの後に『伯父上今日もカッコイイ!』って言ってる、アレ?」
「ケレゴルムが『お前も今日も可愛いぞ、おはよう』って返しているでしょ」
「言ってる…!」
 驚愕するフィンロドにマグロールは肩をすくめた。
「そういうわけで、美しの従弟殿、褒め事の続きは兄たちからどうぞ」
「ああ、お兄ちゃん追加だ」
「追加ってもしかしておれ?」
 機会を見ていたのか、マエズロスとフィンゴンが入って来る。椅子を持って円陣に並べるので、マグロールも輪に入った。

「褒めが足りないのでは?」
 というのがマエズロスの結論だった。それでひとまずベタ褒め指令を出したらしい。
「前から思っていたんだが、フィナルフィンが呼吸するようにひとを褒めるだろ……あれを浴びて育つのか、と。だから現状として足りてる筈がないだろう。どうせトゥアゴンは何も言わないだろうから」
「あー、トゥアゴン重いもんな」
「口が?」
「いや愛、いや、口も」
 兄たちが言いだすと、フィンロドは、あぁ、と小さく溜息をついた。
「ずっと会ってないけど、そもそも…ってところかな…」
 フィンロドの声音に諦めがにじんでいたので、兄たちは、ほぉ…という顔同士を見合わせた。
「よし、ベタなところからいこう。フィンロドは顔が可愛い」
「ベタだな」
 フィンゴンが言いだして、マエズロスがゆるく突っ込む。
「ほんとに可愛い。天才的。これはうちの兄弟妹全員の共通認識だ」
「ベッタベタだな。うちの兄弟もたぶん全員の共通認識だと思うが」
「ええ。可愛いですよね」
 マグロールも続けたので、イトコ中から可愛いと思われている従弟は、可愛く赤面した。
 あいにくまだ夜は長く、そしてこのベタ褒め作戦は、フィンロドが赤面しなくなるまで続けられる予定である。