そんなに雑なひとがたでどうするの。
とマンウェがぷんすか怒りながら言ったのはいつだったのか。
クウェンディを運ぶのに、島を牽くのは姿など要らないし、オロメのように密に関わるつもりもない。そう怒らなくても良いだろう。
ひとがたは苦手だし、雑だと怒られるし。そうゆらゆらと考えながらウルモはたゆたっている。
海の生き物をよく知る者が見たら、水面にたゆたう不定形流動体は、おおきなくらげのように見えたに違いない。
結局、ウルモはそのふかい声と音楽とだけをクウェンディに示した。
きらきらひかるくらげを見た者がいたかどうかも知らない。
海にたゆたう時はくらげのようだが、陸にある時はみずたまりのようである。
そのきらきらしたみずいろのウルモを、遠慮なく持ち上げて、顔を埋めた者がいる。
「ウルモさま、つめたい」
そんなことを言って、押し当てた瞼のあたりから、塩辛い粒がひとつふたつみっつ、水の王に溶け込んだ。
トゥーナの丘の影の中、フィンウェは頑なに立っている。
「乾かしてはやれぬ」
「拭って下さってるでしょう?」
またひとつふたつみっつ、溶かして、フィンウェはするりと手からウルモを離す。
海に溶け込む時にちらり見たノルド王の顔は、影の中で凪いだ水面のような微笑みを浮かべていた。
塩辛い粒を抱えたまま、たゆたって、たゆたって、灯火の下の真珠の都へ辿りつく。
真珠の膜でくるんだ粒をひとつふたつみっつ、ひとつふたつみっつ白鳥が銜える。
波に紛れてウルモの見やる先、白鳥港の王が立ち止まる。
オルウェが暖かい海の色した瞳を瞬いて、真珠を受け取るのを見守って、ウルモは広がり海に溶ける。
くらげの姿を見た者がいたかどうかは知らない。
星の下の湖水の輝き、凪いだ水鏡の銀色、尽くされた言葉に間違いはないけれど。
やがて訪ねたノルドの王は、オルウェに向かってとろける笑みで語る。
「金の光や灯火の下では、あなたの髪は真珠のよう」
白鳥港の王はたおやかに微笑み、そして真珠がひとつふたつみっつ、ひとつふたつみっつ、フィンウェの手へ。
波寄せる浜辺を光の方へ歩む、その歩みに打ち寄せるようにウルモは流れ着く。
「手元に戻ったか」
フィンウェは立ち止まり、ちらりと睨んで不満の声を上げる。
「ウルモさま、いじわる」
「ああ。その粒は、すこし重すぎる」
仄かな灰色の真珠を眺めて、フィンウェは、ああ――、嘆息し、そして笑った。声を上げて笑った。
影なす道を光の方へ登る背中に、ウルモは密かな歌を贈る。フィンウェは振り返らない。海に溶かした涙は彼の元にある。その重み、何よりも雄弁に凝った心。
ひとつふたつみっつ、きっともう、二度と流れない。