エルロンドが窓辺のうたた寝から眩しくて目を覚ますと、午後の光に満ちた室内にはよく知った声がする。
「早く大きくなってよ」
「うーん、がんばる」
「ほんとに?」
「がんばりはする」
じゃれていると言うよりはからまっているのはエルロスで、ギル=ガラドは面倒くさい感じの半エルフを背中にくっつけたまま、地図に点々と印を打っている。
先日ギル=ガラドが寝込んでいた時に、双子は双子でちょうど人生の重大事真っ盛りだったので、各々ひとりで悩んだ。ギル=ガラドが本復するとすぐにエルロスがこの有様なので、まだ悩みの真ん中にいるのは分かる。エルロンドだってそうだ。
ぼんやり見つめていると、地図から顔を上げたギル=ガラドと目が合った。どうしてこんな深い色をしてるんだろう。
「魔法みたい」
口から出た言葉にエルロンド自身が驚いた。
「ギル=ガラドが?」
彼に抱きついている片割れから返ってきたことがあまりにしっくり来たのでエルロンドは頷いた。
「まるっとエルフだとそうなの?」
「エルフって大体そうなの?」
「えっ?」
ギル=ガラドは双子の疑問に瞳を瞬かせた。
「そう、とは」
「はっとするのが続く感じ」
「不思議がすぎる感じ」
するすると出てくる言葉はおそらく以前から聞きたかったことだ。ギル=ガラドは双子の悩みに思い当たったのか、あぁ、と吐息のような応えを返した。
「エルフがみんな不思議な雰囲気かはこれまでよく知ってる面々でわかるような気はするが、そこに私が入るか?」
エルロンドは窓枠にもたれるように仰け反ってぱかっと口を開けた。一瞬で胸にたまった何かが飛び出ていったような気がした時、エルロスの声が素直にあー!!と叫ぶのが聞こえた。
「そういうとこ!」
翌日早朝から、もしかしたら深夜から出かけていたギル=ガラドが小隊と共に帰って来たのは午前のまだ早い時間だった。立ち込める霧の中から、ぬっと突き出た塊に、エルロスが駆け寄りかけてぎゃっと叫んだ。
「おかえ――何! ツノ!?」
身体より遥かに大きな角を馬にくくっていたギル=ガラドが馬上できょとんとする。
「ああ、毒の無いのだったから角だけじゃなくて骨も爪も鱗も――翼も。使うか分からないが…」
頭はどうだろうな、焼いた方が良いかもしれない、半ば独り言のように言うと、ギル=ガラドは馬から降りて指示を出した。エルロスが掴みかかるように抱き着いた。
「なんで! ドラゴン退治とか行ってるの!」
「退治はしていない。昨日地図見ていただろう」
「は? あの地図…」
「このあたりにもたくさん落ちたから、放っておくわけにもいかない。森にも悪いから片付けないと」
つまりは怒りの戦いで叩き落された龍の死骸を、素材として拾いに行ったわけである。
「えっ何このひと。なに? このひと…」
エルロスは惑乱した声で呟いた。どうやってそれを知ったのかとか、だからって直接行くことあったかとか、そういう疑問が渦巻いているのだろう。エルロンドも同じ気持ちで深い溜息がうっかり出た。
「そういうとこ…」
魔法みたい、と言ったのは本当は双子のどちらでもない。鮮烈な1度きりの邂逅で、父エアレンディルが言ったことだった。
「選べなかったら選べないって駄々をこねたら良い。エレイニオンがなんとかしてくれる。あいつ魔法みたいなやつだから」
とっくに不思議そのものになってしまった父が言う。エルロスがいつものように、あんなに小さいのにさ、とぼやくと、エアレンディルはまぶしく獰猛に笑った。
「あいつまだ小っこいの? 頑固だなあ! 」
僕だってこんなことになってるんだから諦めてでかくなれって言っといて――、エルロンドは、そう聞きながら、エルロスは時々こういう顔をするよな、と思っていた。
双子とエアレンディルのこの邂逅をどうにか作り出したのだってギル=ガラドなのだ。
父の倍ほどの時間ギル=ガラドの傍にいるけれど、エルロンドには彼のことは全然わかった気がしない。魔法みたいだと言うほどの信頼は、きっと日々感じているけれど。