全てのクウェンディの中で最も早く目覚め、ミンヤール、第一の民を率いる長であるイミンは、ある日、クウィヴィエーネンの畔に群れる全クウェンディを崖の上から見渡して呆然と呟いた。
「なんたることだ。こんなに違ったのか」
彼は最初に目覚めたクウェンディである。伴侶も見たし、その後すぐに目覚めたタタとエネルも見たし、彼らの伴侶も見たし、そればかりか12人も18人も24人も36人も48人も見た。
確か36人は、タタの民になって(それもイミンが選ぶのを遅らせたせいなのだが)彼らの様子は確かに今までのクウェンディとなんか違う気がするなぁ、と漠然と思ったのではあったが、にしても、こうも顕著に違ったのか。
自分の民たる12人が。
…………いや待て。あそこにいるのは自分の伴侶たるイミニェ。彼女だってそうだ。ということは…
「わたしもかっ!?」
イミンはいきりたって前に出、勢い余って崖から落ちた。
幸いにして真下は滝だった。というか、滝壺であった。最後の48人の泳ぎ歌っていた滝だ。
イミンはぐっしょりと濡れた頭と体をようよう水面に出した、途端に陽気な声を投げられる。
「あ、イミンです」
魚じゃなくてイミンが出ました!と傍らのクウェンディに報告するのは、タタだ。
報告されているのは、エネル。こちらは半ば瞳を閉じて、波のように歌を口ずさんでいたが、タタの声につと目を開けて言った。
「おかしいなぁ、今度こそ魚を呼べる歌が出来たと思ったのに」
「……ゃあ」
他に何を言う気にもなれず、イミンは普段通りの挨拶をしてよっこいせ、と岸に上がった。
エネルはまた目を閉じて歌いだし、タタは首を傾げて波立った水面を見ている。
イミンは髪を纏め、絞ろうとしたのだが、濡れた髪がどこぞに引っかかったのかさっぱり前に来てくれない。
悪戦苦闘していると、目の前に誰かが立つ。
「そんなに引っ張ったら切れてしまいます」
タタはほんわりと笑ってイミンの髪を解いていく。優しい手が重い髪を梳き、水を落としてくれる。
イミンはむっつりとタタを見上げた。タタは、そして彼の民のタティアールは、皆背が高い。
樅の木のように丈高く、そして髪は…
「……………黒っぽいキラキラ…」
「はい?」
ぼそりと呟いたイミンにタタが尋ね返す。
イミンは髪をタタの手に預けたまま、まだ歌い続けるエネルを見た。
「……………白っぽいキラキラ…」
えらく低い声だった。エネルが弾かれたように瞳を開き、きょとんとふたりを見る。
「………………き、黄色っぽいキラキラ…?」
そのまま今度は自分の髪を握り締めて胡乱なことを呟くイミンに、ようやく合点がいったタタが言う。
「あー!髪の色ですか?」
綺麗な色ですよねっと続けるタタの耳に、イミンの打ちひしがれた呟きが聞こえた。
「こんなに違ったなんて…」
え、とタタは固まった。
「知らなかったのかぁ。イミンがボケだとはわたしも知らなかったな」
「そ、そうなんですか?気づいてなかったんですか?」
エネルがゆったりと言ってくれるものだから、一瞬の自失から立ち直ったタタがイミンに詰め寄る。
「だって皆キラキラしてたけどこんなにキッパリはっきり違うなんてことなかっただろう最初に目覚めた時は少なくともそうだろう星もキラキラしてて皆の髪もキラキラでとにかくキラキラしてるなってあはははは」
「し、しっかりしてください、イミン」
がくがく揺さぶられてもイミンは「ははははは」と力の抜けた笑い声を上げるばかり。
「おぉい、イミンー。そんなに気にすることないじゃないか」
「そうですよだって結局はミンヤールだけですよ黄色っぽいキラキラな髪って」
「タティアールとネルヤールなんてほとんど見分けつかないぞー。歌わせでもしないと」
「そんなことはないでしょう、エネル。行動とかで…」
「うんまぁそれ以前にわたしたちは絶対間違えやしないけど?」
ごちゃごちゃと言うふたりの会話が脱線しかけたあたりでイミンは正気づいた。
「ふたりは、知っていたのか」
恨みがましい目で見られて、タタとエネルは顔を見合わせた。
「というか、あなたが2度めに民を選ばなかったのはそのためかと思っていました」
「そうそう、髪の色が違うから」
ねー、と長身のタタと小柄なエネル(ただし彼の態度は誰よりデカい)が身長差をものともせずぴったりと声を揃える。
「36人は私の民になりましたけど、あの子たちは特に髪が黒かったですから、あとの48人よりもあなたとかけ離れていましたし」
「48人は白っぽくて歌が好きで彼方と合わない感じだったし」
だから順番を譲ってくれたんじゃ…?
またもぴったり合った声が言う。
「いや…そうでなく…そもそも………髪の色はいつ変わったんだ」
「ええとですね。私が気づいたのはあなたが12人を選んだ時でしたが」
「たぶん、それぞれ最初に民を選んだ時だったのじゃないかと思うぞ。わたしが24人を選んだ時にはもう彼方は黄色っぽかったし、タタは黒っぽかった」
「……あの、エネル?その言い方はなんだか妙なのでやめてもらえませんか」
そんなに早く…とイミンが自分の不明にまたもショックを受けている隙に、タタとエネルの話はまた逸れていった。
「じゃ、何て言ったらいいんだ?」
「あのですね、あなたの髪の色は、銀です」
「銀?」
「この間すっごい考えて決めました。イミン曰く“白っぽいキラキラ”な色は、銀という名前にします」
「ほぉー、銀、か」
「だから私は黒髪で、あなたは銀髪なんです。タティアールとネルヤールの皆も、どっちかに分けられると思います。だいたいは」
「ぅんー、分けずともいいけど」
エネルは軽く頷くと、それで、肝心なのは――と言った。
「イミンの髪の色は?“黄色っぽいキラキラ”は何て?」
「そうです、とっても肝心ですよね!」
タタは勢いこんで語り始めた。曰く、自分の黒はともかく、他のふたりの色は実に光の色、輝きの色であって、そうであるからには光と闇との対である白と黒に対して、光の対の色の名前としてつけるべきであること、そして白が基となる色にはあまり熱を感じないが、黄が基となる色には熱を感じる。だから温度のある光の色の名前としてあるべきだということ――
「解説はわかった……で、この色は――」
イミンは自分の髪をついっと引っ張って尋ねた。
「何と名づけたのだ?タタ」
タタは長身を深く屈めて、イミンの髪を押し戴き、口付けた。そして言った。――金の輝きよ。
「金、黄金ですよ!熱を持つ輝きの色の名前です!」
「金…」
「綺麗な名前でしょう。あなたにぴったりだと思っています」
「そうか…」
「気に入りました?」
熱を持つ、輝きの色の名前。あなたにぴったり。
「………ああ。―――ありがとう」
ほんわりとしたタタの微笑みを背にして、イミンはざかざかと歩いていった。
今さら、後に2回目の選択のチャンスがあると思って(しかもそれが大人数だろうと思って)順番を遅らせたなどという真実は言えないし、その名前はたしかに綺麗だし、……気に入ったし…
「よし、金髪を増やしてやる」
イミンはちょっぴりヤケになって呟いた。そう、元が少ないならがんばって、たくさんこどもを生めばいい…。
それから後イミンは、生まれてきたこどもたちが皆輝く金の髪を持っていることを喜んだ。
そしてついに出会ったヴァラ、オロメがミンヤールをヴァンヤールと呼んだ時には、その身に帯びる金を貴く、誇らしく思い、ようやく自らの選択は正しいと思えるようになったのだった。