アタナミア様。
あの御子は無事なのでしょうか。わたくしの気にかかるのはそれだけでございます。
意外でございますか。貴方はやはり素直な方です。ティンドムル様の方がよほど、鉄面皮であらせられる。……ほら、すぐに顔に出しておしまいになる。わたくしが貴方の不機嫌な顔と、ティンドムル様の澄ました顔を幾年見てきたとお思いですか。ーーええ。そういう時、アマルメ様はよく笑っておいででしたよ。
御子は、アマルメ様のお産みになられたあの御子はどうなるのでしょうか。
勿論、今ここでわたくしの命ごと何もかもを無かったことに致しましても構いませぬ。罪人として謗りを受けようとも厭いませぬ。王家の名誉は守られるでしょう。そのことにつきましてはわたくしは命など惜しくはありません。けれど御子はどうなりますか。わたくしは叶うならば、あの御子をお育て申したく存じます。
秘密と、アマルメ様は仰られました。そして滝と共に雫となってしまわれました。アマルメ様がそう仰られたからには御子の父君は永遠に秘密なのです。
わたくしが世嗣の君である貴方様にこの件を委ねたいと申しましたのは、何もわたくしと貴方がた兄妹の縁にかけて恩情を願いたいからではございません。
アタナミア様。
貴方と妹君アマルメ様、また弟君ティンドムル様とーーその秘密が、この事件には深く関わっていると思うからでございます。
例えばこのまま貴方が何もなさらないとしても。ティンドムル様はいずれ船出されるでしょう。あの方にはこの島はいささか窮屈に過ぎるのです。それにあの方を留めうる楔が飛沫となって砕けてしまった今、船を止める手だてはありは致しませぬ。
例えばすべてを明るみに出そうとしても。ーー秘密はアマルメ様が抱いていってしまわれました。わたくしは見たものをすべて飲み込み、命の尽きる日まで抱え、死の後はわたくしと共に埋葬することとなりましょう。残された我々にはそれしか手だてはないのです。
例えばアマルメ様の死を、その顛末を世に伝えるならば。罪人はわたくしでよろしいでしょう。それとも事故とお伝えになりますか。御子の存在を隠しますか。または摘み取ってしまうのでしょうか。アマルメ様の唯一遺されたものを?
アタナミア様。
アタナミア様、
アタナミア様。
アマルメ様は秘密よ、と。ーーそう仰られました。遺言でございます。秘密を明かさずにいかれました。
アタナミア様。
第2期1880年、世嗣の君アタナミアは弟ティンドムルをヌーメノール本島からの追放刑に処した。罪状は同年奇妙な事故で死亡した妹(ティンドムルにとっては姉の)アマルメの死因を殺害とした上での実行教唆であった。
船出の頃には民は皆、殺害の動機は王家のきょうだいの近親相姦であると真しやかに噂した。
妹アマルメは亡くなる前に御子を産み落としたとも囁かれたが、王家の記録に子の存在はなく、また弟ティンドムルの消息もここで途絶える。
アタナミア大王はきょうだいの存在をその後口にすることは決して無かったという。
秘密よ、ーーと。それが遺言でございました。アタナミア様。残された我らには謎ーーと。この謎を誰が解けましょう。解かない方が幸せでございましょうね。どなたにとっても。
※大王アタナミア(原作設定)、姫君アマルメ(私家設定)、魔王ティンドムル(ICE社設定)にてお送りしております