「未来」

「ギル=ガラドは未来が見えるの?」
 エルロスが聞いたのは『引っ越し』の直前だった。ギル=ガラドは他に見たこともない菫色の瞳で静かにエルロスを見つめて、ふう、と息をついた。
 次にエルロンドを見つめたので、エルロンドはそれなりに戸惑った。ギル=ガラドはうん、と頷いた。
「未来が見える。――の定義から始めよう」
 ひとつ、誕生や生育の時に母が知り、与える名に含まれるもの。
 ふたつ、現身の死の訪れる時に、悟るもの。
 ギル=ガラドは唱えるように言って、ちょっと笑った。
「未来が見える、に最も近いのをたぶん我々はこう言うな。予見と」
 そして続けた。だが、もっと正確に言うなら、洞察と言うべきだろう。エルロンドは後の言葉をよく覚えている。
「だから、未来が見えるかと言うなら――先見の幻像はそう簡単に訪れるものではない。過去と現在をよく知り、学び、考えた時に、時折はっきりと前途を見通せることがあるかもしれない。見通せると、思うことがだ」
 けれどエルロスに言わせれば、その後の方がよく覚えている。ギル=ガラドは滾るような目をして言ったのだ。
「未来は可変だ。見えたから、それで決まるわけでもない」

「はぐらかされた!」
 エルロスが叫んだのは『引っ越し』の真っ最中だった。エルロンドは少し思い返して、確かにはぐらかされたと言えなくもないな、という判断を下した。
「見えてると思う?」
「見えてると思う。だって知ってる?」
 エルロスは声をぐっと潜めて囁いた。
「たま~に『それは当然こう決まってる』みたいな言い方するでしょ。そしたらおとな連中が『あなたがそう言うなら、そう』って言う」
 エルロンドは小さく息を飲んだ。
「みんな知ってるんだ」
「そうだよ」
 不満気な顔をする片割れに、エルロンドはそっと訊いてみる。
「みんなの中に、僕たちもう入ったってことにならない?」
「そうなんだけどさ。そうじゃなくて…」
 エルロスは掴み切れない何かを探しているように言う。
「ギル=ガラドがその言い方する時って、なにか良いことが起こるって言う時なんだ。だからさ…」
 エルロンドも何かを掴みかけた。少なくとも、エルロスの感じていることは分かった、と思った。双子はしばし目を合わせてお互いの中に言葉を探した。
 ああ~~、とエルロスが呻いた。エルロンドも深い溜息をついた。
「だめだ。つかまらない」
「無理だね。……よく考えないと」
 エルロンドは思った。知って、学んで、考える。それは今からやれる。エルロスと一緒に、やれることだろう…。
 エルロスは考えていた。未来が変えられるなら? 未来が変えられる、から…。
 双子は揃って空を仰いだ。慕わしい暁の色が見えた。