書を編む

 パルマイテの文書館、通称「星の館」と呼ばれるそこは、ひとつの独立機関ではあるが、このヌーメノールにおいて王の影響を受けないわけではない。
 然るに史上最も書記官の数は減り、正しい記録を保つには個人の才覚に頼られ、中央には偽りだらけの記述が蔓延った今……しかしながら王ですら持ち出せぬ、銀と金の象嵌表紙の本ーー星の館の中心に、豪奢な、それでいて強力な鎖で繋がれたその本には、事実が記されている。
 後の世にはほとんどの記述を伝えることのなかった、その本は『王の系譜』という。

 さて年若い、最も地位の低い書記官は、ほとんど泣きそうになりながらその人物を『王の系譜』のもとへ案内した。
 そのまま逃げ帰ってしまいたかったが、もちろん案内を請うた者がそうはさせてくれない。
「世継の君、私の職分では致しかねます……」
 消え入りそうな声で言っても、物憂げに頁を繰った世継の君インジラドゥーンは、とうてい退いてくれそうにはなかった。
「なぜ? たった3つの記述だ」
「その本には私などではとても――」
「ここは『星の館』で貴方は正式な書記官であるのに?」
 書記官はただ平伏した。
 ややあって頭上から諦観の籠もった溜息と、許しが聞こえた。書記官は恐る恐る顔を上げて、世継の君の表情をうかがった。
 世継の君インジラドゥーンはどこも見ていないかのようだった。
 けむるような瞳が、燃え尽きた灰に似ていると思った。
「それでは貴方に憶えておいて貰おう。第25代の王は女王タル=ミーリエル。そしてこのインジラドゥーンは、第24代として王笏を受け継ぐ時、タル=パランティアと名乗ろう」
 震えて頷いた書記官の前で、遠見の王と名乗る世継の君は、やはり物憂げに頁をなぞり、しかし私が書くわけにはいくまいな、と呟いた。
「さあここへおいで。アル=ギミルゾールの名を教えよう」
 書記官はふらふらと立ち上がり、導かれるままに指された記述を見た。
 王の名はクウェンヤでのものを正式とされていた。初代タル=ミンヤトゥアから、アドゥーナイクで名乗ることになったタル=ヘルヌーメンでさえも、系譜にはクウェンヤでの名を記される。
 そして今、エルダールに関わるものすべてを強く迫害する現王アル=ギミルゾールの名は、系譜の上では空欄となっている。
「我が父はあまりに苛烈。我らが王の生きているうちは、きっとここは文字を記せまい」
 インジラドゥーンは囁くように言い、書記官の見る空欄に、指で文字を綴ってみせた。
「記せるようになった時に、貴方が書いておくれ」

 かくしてタル=パランティアの即位の日、王の系譜には第23代の王タル=テレムナールと記された。書記官は銀炎王の名を綴りながら、あの日のインジラドゥーンの瞳の色を思い返していた。
 父を炎と称したあの方は、その炎を見つめすぎたのだろうか?それとも――?