はるかかなたの

 二つの木からさほど遠くない所にすらりと立つ樹があった。
 その真っ直ぐにのびた樹の幹を挟んで背中合わせに、金髪と黒髪のエルダールが座っている。どちらも唇を引き結び、移り変わる光を見ているのか見ていないのか、ただ黙りこんでいた。もうずいぶんと長くなる。
 ひらひらと舞い降りた一羽の蝶に金髪のエルダールは手を伸ばす。真白の蝶は彼の指先で二度三度ゆったりと羽を瞬き、また飛んでいった。
「遠い…」
 幹の裏で呟かれた言葉に、イングウェは白い蝶を見つめていた目をは、と見開く。
「ああ――遠い」
 囁くように答えを返すと、黒髪の友はまた言った。
「祝祭なのに」
「ああ」
「ここにいるのに」
「ああ」
「待ってれば来るんじゃないか、って―――思ったのに」
「…ああ」
 しばらくまた沈黙が落ちる。フィンウェは立ち上がる。目を閉じて幹に凭れる。
 星より遠いはるかかなたの友を、思う。
「―――時は」
 イングウェが言う。
「時は戻せない――から」
 ふたりして、過ぎる言葉は胸に留めた。
 声に出したならば、それこそ何もかもを傷つけてしまうような気がして。

 “おいていったのはわたしたちなのだから”

「さて」
 とん、と軽く地を蹴って、フィンウェはイングウェの側に回りこんだ。
「祝祭だね」
「ああ、祝祭だ」
 手を差し出してイングウェを立ち上がらせ、フィンウェは、友を上から下までじろじろと眺めた。
「な、何だ」
 どぎまぎしてイングウェが訊くと、フィンウェは見事なしかめっ面で応じた。
「ありえない」
「―――、は」
「祝祭だよ?」
「ああ、……?」
 きょとんとするイングウェをぐいぐい引っ張ってフィンウェは歩き出す。見れば光の色を綾に返す衣に、華やかに編まれた黒髪が滝となだれ、――イングウェの耳に“祝祭だよ?”という声がこだまする。は、と気づく。
「……い、いやそのフィンウェ、これは、…ちょっと、うっかりしたというか――」
「…………うっかり?」
 歩く速度があがる。
「うっかりで私に飾る機会を与えてくださるとは、なんとまあお優しい!」
 もうほとんど走っているような勢いで、草原を抜ける、丘を越える。
 しっかり繋いだ手とごうごうと耳元で鳴る風の音。
 景色が飛び過ぎる。ああ、走っている。
 金と銀の光が小さなきらめきの粒になる。星の間を走っている。あの心深き銀髪の友はたぶん、この世界を見ている。
 フィンウェが笑う声が聞こえる。

 はるかかなたの友へ届けとイングウェも笑った。初めての祝祭だった。