「また縦ばいに散らかしてる!篭城したいの?」
明るい声が頭上から降って来て、トゥアゴンはちらりと目線を上げる。
血のつながりでは従兄弟で、関係としては幼なじみで、ひとに言うなら親友と呼ぶ相手のきらきらした深い瞳がこちらを覗き込んでいた。
「本に座るな」
積み重なった本の上から、かたちの良い脚がぷらぷらと揺れている。
「わたしには城壁に見えるな」
フィンロドは悪びれなく言うと、座った横の同じ高さの本を軽く叩いた。
「君が座ってたら本が取れなくなるだろう」
「取ってあげるよ」
トゥアゴンは床に座ったまま、フィンロドをまっすぐ見上げる。
「…………」
訴えるような視線に、フィンロドは真面目な顔をふいに崩して笑った。
「トゥアゴン、トゥアゴン」
うたうように呼ぶと、本の壁からすべり降りて、フィンロドは腰に手を当てた。
「君はもう少しわたしに頼るってことを覚えるべきだと思うな!」
威張るような声音で言われたことに、トゥアゴンは口をとがらせたくなる。その代わりにふうと息をついて、従兄弟から目線を逸らして本を――フィンロド曰くの『城壁』を見た。確かに、向こうに回ったらフィンロドが見えなくなるかもしれない。それくらいには積まれていた。
「それじゃあ取ってもらおうじゃないか。大いなる旅の記録の巻の3、の付本の氏族別慣習のとこ――表紙がどういうのだったか忘れた」
「え」
「私も探してるんだ」
フィンロドはきゅっと唇を噛むと、猛然と本の壁を崩しにかかる。トゥアゴンがちらりと見やると、別に迷ってなんかいないよ!と書いてあるような顔をしてみせた。
そのまま、トゥアゴンから目線を逸らさずに手を動かす。もうひとつ横の山から2冊どけて、
「ここだ!」
その手が、掴む。
「あっ」
「え?」
トゥアゴンは驚いて声を上げた。フィンロドも掴んだ違和感に気付いたのか、横を向いた。
密やかな、けれど抑えきれぬ軽やかさのにじんだ笑い声が響いた。
フィンロドの伸ばした手に赤い表紙の本を載せて、星の輝きのような眸の持ち主がふかい声で囁く。
「済んだら戻しておくんだよ」
さらりと柔らかな黒髪が流れて、音もなく祖父王は立ち去った。
残された孫たちは茫然と動きを止めて。
「……見られてたかな」
やがて、金髪の孫が声を上げる。
「トゥアゴン、」
見れば、黒髪の従兄弟は可哀想なほど恥入った様子で、重苦しい声で呟いた。
「本当に篭城したい」
「わたしも同意したくなってきた…」
フィンロドはトゥアゴンに近づき、隣にぺたんと座ってはあ、とため息をついた。ご所望の本を渡す。
「本を読もう」
「……そうだな」
目尻を赤く染めたまま、トゥアゴンは手渡された本を開いた。
ぱらりと頁を繰り、ふと、黙ったままのフィンロドに目をやる。目が合うと、フィンロドは瑠璃色の瞳をゆるめた。
「どうした?」
「読んでる君を見てる」
「私の顔に話は書いてない」
「読んで聞かせてよ。君を見てる。君の声を見てるよ」
フィンロドはぐるりの本の壁を見渡して、ふふと笑った。
「篭城も悪くないね」
本の壁の影に、ふたつの人影がひとつになり、そして紛れた。