はじめに動いたのは、フィンロドだった。
母の挨拶を、零れそうな瑠璃色の目をきらきらさせて見上げていたが、その目線がふと庭の奥へ向く。すると顔いっぱいに笑みを広げて、ちいさな身体でとたとたと、駆ける。
エアルウェンの隣にいたアナイレの奥側で、あっ、と抗議の叫びが上がったが、フィンロドは気づきもせずにまっすぐに駆けた。
きゃーぅ!と高い声で笑いながら飛びついたのは赤毛の従兄、マエズロスはすこし困った顔を見せたが、裾を引かれてしゃがみこんだ。
ネアダネルは微笑ましくそれらを見やると、お茶の支度を告げた。
庭の向こうでこどもたちが笑っているので、母たちは軽やかな賑わいに包まれてくつろいでいる。
「抱っこには慣れてないのかしら」
マエズロスに抱き上げられたフィンロドが、きょとんと書いてあるような顔をするものだから、そんな言葉が零れ出た。
「背中にくっついていることが多いから?」
「あら、背中に?」
「肩の上にいる時は髪を引っ張り放題で…」
見れば、フィンロドは確かに片手にマエズロスの赤毛を握りしめている。
「殿は手をつなぐわね」
アナイレが生真面目な顔をして言う。すこし強張ったなりで、アナイレの息子たちは小さな手を繋いでいる。
ネアダネルは眼前に見たものにひとつ大きな瞬きをする。行き合って、そっと父の後ろに隠れたちいさな姿。
おずおずとこちらを窺うちいさな子は、それでも父の手を離そうとはしない。
「フィンゴルフィン殿は―――そうね、そう、義父上と、お手手つないでた…」
ぽつり、呟いたそれに、アナイレがまあ、と笑う。エアルウェンが身を乗り出す。
「もしかして、うちの殿は背中に?」
ネアダネルは笑みをこぼして頷く。フィナルフィンはすぐに思い出せる。確かによじ登っておぶさっていたし、フィンウェも背負っているのを特段気にしているようではなかった。
フェアノールは。
……遠い。遠い記憶の向こうで白い衣が揺れる。まっすぐにこちらを見た、その鋭さ。お互いを向いた時にとろける甘さ。
世界を疑わない幼子の、胸苦しいほどの主張。
歓声が上がる。はっと見たその先で、フィンゴルフィンは少し厳めしく2人の息子とそれぞれ手をつなぎ、フィナルフィンは軽々と笑って息子を肩の上に乗せていた。
「はにかみやとほがらかさんは昔からね」
最もその時、彼らは息子の立場だったけれど。
アナイレとエアルウェンが顔を見合わせ、そこが好きなのと笑う。ネアダネルは無性に、抱っこの好きなあまえんぼうに会いたくなる。