難しい顔して庭を見つめているカランシアを見つけた。
こんな時間に王宮にいるってことは、ごはん一緒かなと気軽に声をかけると、カランシアはかたい顔のままおれを見ると、ゆっくりと微笑んだ。
「ッあ!?」
おれがつい声を上げると、途端に不機嫌顔になる。
「……なんだよ。失礼だな」
「君いま笑って、え、何?」
「僕が笑っちゃおかしいか」
「おかしくはないけど、いや今の、ふわ…っていうか、にこ…っていうか」
「アタマ悪い表現だな」
「君そんな可愛く笑えたのか!?」
そんなやりとりの間にカランシアは険のある顔つきで近づいて来た。
「可愛い?」
「い、まは可愛くない」
「だよな」
ふっと息を吐きながら浮かべた笑みは見慣れた皮肉気なもので、さっきの笑顔はやはり見間違えかと思った。
「仮説が実証されてもぜんぜん嬉しくない」
「え?」
「可愛かったんだろ、さっきのアレ」
「うん、可愛かった」
「安心しろ、おまえも可愛い」
「……カランシア、なんか変なものでも食った?」
「気は確かだ。よし、聞け、フィンゴン」
「聞きたくない!おれを巻き込むな!」
「普段、僕がそう言っても聞かないのはどこの誰だ?」
「おれですスイマセン!」
「大事な話だ。たぶん。きっと。おそらくは」
「なあどんどん確定性薄れていってねえ?」
「聞いてくれよ」
カランシアの眉間の皺がすごいことになっていったので、おれは抵抗をやめた。
適当に椅子に座ると、待っていたと言わんばかりの勢いで、カランシアは語り始めた。
おじいさまの顔って、なんていうか……その、ていうか、って感じだろ。
なんか良くわかんないけどおじいさまの顔がどうしたって?
まあ、地味なんだよ。
堂々言ったな!?
おまえは派手だな。
おれのことはいいよ…
ただ思い返すにおじいさまって、ものすっごい美人な気がするんだよな。
ああ。それはわかる。
それって表情のなせるワザで、おじいさまの顔って可愛い系なんだけど。
……うん?
むしろ形容してくとどこの少女だっていう。目とか大きくて、ツリ目なんだけど睫毛めちゃくちゃ長いし多いし細かいしで目元ほんわり。血の気薄くて色白さん。黒髪は金ぽくて、
金?そうか?
おまえは青っぽくて僕は赤っぽいだろ。おじいさまのは金っぽい黒髪。
君は一体ナニを調べてたんだよ。
真面目におじいさまに似合う服考えてたけど。
なんで?
この前の衣フェス、僕が優勝したのは知っているよな。
うん。すげーびっくりしたけど納得した。でもなんで衣フェスなんか…
まあ色々あったんだ。それで、衣フェスの優勝商品も勿論知っているよな。
うん。豊穣祭の時のおじいさまの衣装だろ?
そうだ。で、僕はよく考えたらおじいさまのことを何も知らないな、…と。
ああ…
だから今日一日ずっとおじいさまに付いてた。おじいさまを思い浮かべるとさ、どんな顔してる?
ん、………笑顔?
うん。僕もそう思った。なんかこう、始終ほほえみ的な。
にこにこしてるよな。
そう思ってたんだよ。
違ったのか?
違った。
マジで!?
でもある意味合ってた。
というと?
目が合うと、微笑むんだ。その、さっきおまえが言った、ふわ…、とか、にこ…、とか、そんな感じ。
え。それ。それ、誰にでも?
そうだよ。ノルドール、フィンウェさま大好きじゃないか。
そりゃ好きだけど。え、それのせい!?
大体そうなんじゃないかってのが今日の僕の見解だけど。
いや、だって顔知らない奴とかいたろ?
そうなんだよ。そこが問題なんだよフィンゴン! 僕はヤバいことに気づいたかもしれない。
な、なにが。
父上、おじいさまのこと大好きだろ。抱きしめたい!愛しいひと!な感じに。
あ、ああ…。
フィンゴルフィン叔父上もおじいさまのこと大好きだろ。ついていきます!我が君!な感じに。
お、おう…。
あ、フィナルフィン叔父上は、なでて父上~って感じだな。これはいいんだ。マトモだから。
マトモか!? ってかうちの父上もダメか!?
うん。ぜんぜんダメ。
なんでだよ!?
そこだよ。
どこだよ。
つまりさ、ざっくり恋愛系と崇拝系に分かれるだろ?
…あ、あ…?
身内っぽくないからダメ。
いや待て待て待てフェアノール伯父上の恋愛って完全ダメだろ!?
恋愛「系」だって。どっちかっていうと萌え?
萌え!?
もう、かわいい!とかっこいい!の違いでも良いよ。
待てよそうなるとうちの父上がおじいさまにかっこいい!ってキュンときてるってことか? 乙女的な? 嘘だろ!?
おまえも結構乙女だろ。兄上に。
マエズロスの話はしてない。
そうだな。
…………えと。で。何? 父上たちはおいといて、ノルドールが恋愛系と崇拝系?
あとなんかよくわからない第三勢力……いやでもここは保護者系っていうか特殊事例でやっぱなんかよくわからない…、…あーもう、あのひとタラシだな!知ってたけど。
そうだな、タラシだな!知ってたけど。
「で、ヤバいことって?」
「それがさ。――あ」
不意にカランシアが言葉を切ったのでおれも同じ方向を見て。
「ごはんだよ?」
ふわ…だか、にこ…だか、そう言うしかない花の笑みをうかべる祖父に遭った。
あ、ハイすぐ行きます。
かしこまってカランシアが言うのに、微笑みを残したまま祖父は去り――かけて、ふと振り返った。
永遠の色と称される灰色の眸が、ゆるりと輪郭を溶かす。
「噂話もほどほどにね」
今度の笑みは曰わく言い難い艶があった。
「――ああいうのさ、ヤバいと思うんだ…」
「ああ、うん…」
タラシの本領発揮って感じとげんなり呟く幼なじみに、おれは、でも君ん家が一番似てるぞああいうとこ、と言おうか言うまいか、少しばかり悩んでいた。