永遠の森

 蒼い光の波に沈んだ森が風と共に開いた。
 白い幻は尾を振るように消え、大きく腕を広げた樹が、森の香を吹きつける。
 鼓動が早まる。むせび泣くように息が震える。木下闇も、惑わす揺れる光も、彼が恐れることなどひとつもないというのに。
「これは夢だ」
 何故か、と問う声が聞こえたような気がした。
「こんな良い夢があるはずがない」
 遠い、戻れない過去のものが。見たこともない望みのようなものが。
 そこにはすべてがあった。光が違っても、彼がそこにはいけなくても。――だというのに。
「良い夢ではいけないのか」
 大きな、手が、指が、頬に触れた。
 ケレゴルムは動けない。立ち尽くしている。蒼白い光が、闇が、視界を揺れる。揺れる。揺らす。
 後ろから抱くように頬を撫でた指は、はくりと開いた唇をなぞり息を掴む。
「呼んだではないか」
 これは幻ではない。背に感じた温もりに、次は睫毛を撫でた指に、すべてが満ちる。
 瞼にふれる手はゆっくりとケレゴルムの目を覆う。僅かに仰のかされ、預けるかたちになった頭を抱えるように、耳をくすぐる、声。
「待ったぞ」
 ケレゴルムはびくりと震えた。呼んだのか?……呼んだのだ。届くとも思わず、その歌が。
「そなたがああやって呼ぶのなら、もう、止めてやれぬ」
 聞いたこともない切ない響きが耳を打った。覆う掌の下でケレゴルムは目を閉じる。強く、抱きしめられる。
「止めてやれぬ。――放してやれぬ」
 呼ぼうと、した息のすべてが奪われた。
 上げた手を掴まれ、繰り返された口づけはそのどれもが深く激しかった。成すがままに貪られた。柔らかく吸われ熱い息を絡めるように放された時には、もうケレゴルムの脚は立つ力をなくしていた。
 抱きとめられ、瞼から手が離れる、と思う間もなくそこにも口づけが降ってきた。乱れた息を整えられず、困惑のままに喘ぎながらケレゴルムは目を開いた。
 細い月が獣の爪のように光っていた。その蒼白い光を背に、愛しいヴァラが獰猛に微笑む。
「超えよ、ケレゴルム」
 月草のいろ、紫菫のいろ。二つをつないだ稀有な眼が今、月を飲んで潤んだ漆黒の瞳を捕える。
「おまえがいて、私がいる。怖いことなど何一つない」

 愛撫は性急に進められたように思えた。オロメはまるでケレゴルムに言葉を発させまいとしているかのように、彼の身の隅々まで触れた。喉を舐め背を辿り、胸を食んだ。脚から腿を撫で上げ、腹に溜まる熱をくすぐる。その愛おしむ手つきと降らせる口づけとが酩酊を呼んだ。
 まるで楽器にでもなったようだと思った。
 超えよ、とオロメの手が奏でる。ああ、弦の震えるように抱えた思いが揺れる。
 届くなどと思ってはいなかった。呼べるなどと、思えたことはなかった。
 秘めた場所にふれる手が暴く。咽び声が喉をついて出る。
 暴くのではない。隠せない。なにひとつも。
 揺れる。揺れる。愛でられるその熱に、狂おしい思いがあふれてしまう。
 ―――たとえ誓言がなくとも。
「オロメ、さま……、オロメさま」
 差し出した腕で肩に縋る。重い衝撃に悲鳴のように息を吐き、抱えた衝動のままに眼前の喉に食らいつく。熱い雫が頬を伝う。
 委ねた身をオロメが抱く。心を揺らす。超えよと。それでも。
 ふれた口づけはすぐに深くなった。空が落ちる。月が傷痕のように光っている。

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