ウルモ

「落ちていい?」
 マンウェが足をぶらぶらさせながら訊く。
「……だめだ」
「暑いんだよ」
「吹かせればいい」
「波が、高くなるよ」
 穏やかな海に奇妙に聳え立つ波の柱にちょこんと腰掛けて、マンウェはそんなことを言う。
「ねえ。落ちていい?」
「だめ」
「だって海が抱きとめてくれる」
「絶対だめ」

 知は私の司るところだが、識るのは彼の役割。
 私が溜めこんだことはみな、マンウェに識られて落ちつくのだ。

 鉄の玉座の背もたれの上で、彼は見えない空を見上げている。
 そのうち鉄の塔のてっぺんに駆けあがり、そこにまた座りこんで――ははははぁ!笑う。
「いつも私は反対派だ!でなきゃ、君はすぐに暴走する」
 追いかけて、言った私をきょとんと見返して。
「暴走だなんて、当たり前のことを」
 そしてマンウェは立ちあがり、天を指差し一声叫ぶ。
 聞こえぬ声で、烈風に紛らせて、半身の名を叫び呼ぶ。
「ねえ、ウルモ!――沈んでしまうよ。落ちていい?」

 落ちていいかとマンウェが訊く。それはだめだと私が言う。

 いつも私は反対派だ。マンウェは笑う。アルダに留まり笑うのだ。
 本当は、たとえどこに落ちたって、私は君を抱きとめる。
 アルダの血である歌の響きが、深くにあるのはそのためだ。
 大地は肉、海は血、我らが空は感覚――…

 空を統べる彼の思いを私はいつも考えている。
 深い海の底で、小さな水路の響きに、山の奥からぽかりと流れ出す川に乗って、いつも考えている――ああ、君に対して、私は?私は?