私とマンウェの間に横たわる決定的にして致命的な違いの話をする。
さんざん言ってきたが、種族が違う。
……が、私も普通のクウェンディとはトッ外れたところがあるので、それでぎりぎり何とかなったような、ますます大問題になったような出来事がある。
私の目はちょっとばかり見えるものが多い。
後々説明して貰ったのをざっくり言うと、まず世界が何層かに分かれている。
一層目=普通に暮らす世界
二層目=霊的な世界
三層目=時間
まだ続くがこの場合この三層だけで充分だ。一層目だけ見えているもの、二層目三層目まで見えるもの、何かのきっかけで見えたり見えなかったりするもの…そういう違いがあるんじゃないかということだった。
それで言うなら、私には常時二層目までが見えている。きっかけは不明だが、時々三層目が紛れてくる。
気持ち悪いのであんまり見たくなくて、幼少時からしょっちゅう目を細めていたら、エルウェに「半眼野郎」と認識されていた。思い出したらムカついた。
……話がずれている。
何が言いたいかというと、アイヌアの睦み合いは通常、二層目で行われるということだ。
当時のクウィヴィエーネンでの成年基準がまさに睦み合いだ。子どもが出来たら結婚。夫婦と親子の概念は氏族ごとでだいぶ違いはするが、子孫繁栄への第一歩がそのまま子ども時代の終わりである。
が、同時に結婚へ至る睦み合いは子孫繁栄でありながら最も重きを置くのは心の通い合いである。恋愛至上主義と言っても良い。この感覚はノルドールが最も強く、ヴァンヤールが最も弱い。ヴァンヤールは奔放である。しかし限りなく一途でもある。これは矛盾しない。
また話がずれている。アイヌアの睦み合いの話だった。
先に言う。事故だった。
いや、当時は物凄くぷんすかしたものだが、今考えるにたぶん事故だ。
何せアイヌアとクウェンディは出会ったばかりだったし、クウェンディの方の能力もまちまちなのだから、あれはおそらく私が見る方に特化していなければ避けられたような事故だったと思う。
それとも感覚の違いだろうか。
例えば恋人と良い雰囲気になったとして、その時その場に蝶がひらひらと飛んでいたからといって、睦み合うのをやめた……とはならないだろう。それくらいの差がある。
まずもって蝶にはそれが睦み合いとは分からない。
はたまた我々は、蝶がそれを睦み合いと分かったとして「こんなところでおっぱじめやがって…」等と思っているとは知らない。
蝶たる私はその場を逃げ出したのは良いものの、三層だか四層目まで見えたのか視界が虹色のぐるぐるでいっぱいになった。ちかちかするし、頭はじんじん痛んだので、薄暗いところでその後はずっと丸くなっていた。
途中でエルウェがやってきて私の頭をぽんぽんしていったが、顔を見たら絶対ドヤってると思ったので見なかった。
エルウェがどこかに行く頃にはだいぶ落ち着いてきたので、丸くうずくまったままアイヌアの睦み合いについて考えてみた。
確かにあれが睦み合いならば、そもそものはじめ、マンウェが「何をしてたの」と訊いていたのはわかる。身体に慣れていないのもわかる。
なんとも言い表せないあれが睦み合いであり快楽であるという……ことは……この状況は……先行きが真っ暗だ……
暗い考えにひたっていると、何かに優しく撫でられているような気分になってきた。丸くなったまま、静かに揺れるような、たゆたうような、やわらかいひかり……あの歌……
ぱっと目を開いたら、隣に座った誰かが私の髪をくるくる編み編みしている。
「フィンウェっ!?」
「? うん」
きょとんとするフィンウェにもう大丈夫なのかと詰め寄ったのは、彼がアマンに来てから長いこと療養中であったからだ。その日やっとローリエンからお許しが出て、晴れて自由の身となったらしい。
「ローリエンに詳しくなっちゃった」
「………良いことだろう。たぶん」
私もわりとここ最近の怪我で詳しくなりつつある。とは言えなかった。
フィンウェとさんざん話し(件の世界の層の話をして貰い)、二つの木の光を眺めていたらなんだか色々なことが悩んでも仕方ないと思えてきた。今更違いは変わらないのだし。だから躾けようとしてるのだし。
ここでめげている場合ではない。今後のためにも。
私は行動に出ることを決意した。
ちなみにエルウェに頭撫での御礼を言おうと思ったらひとの顔を見るなりフィンウェと一緒にいたことについてねちねち文句を言ってきたのでやっぱりシメた。