………………私とマンウェがナニをした話をする。
せざるを得ない。
とはいえ、そんなに語るべきことがあるわけではない。マンウェは身体そのものを使っての睦み合いは初めてだった。そう言えば何となく想像がつく部分があるだろう。
私も大概焦っていた。それは主に、一層目と二層目の…身体と「力」の…発現の違いにだ。もっと大きな理由が実はあったが、その時はそれをすっかり忘れていた。
以前も言った。アイヌアの睦み合いは通常、二層目で行われる。
そしてヴァラールというのは名前の通り、「力ある者」だ。霊的な、力ある二層目こそが彼らの本来依るべき場所…ということは、今初めて一層目の産物である身体を使っての睦み合いに挑戦しているマンウェにとってみれば、本能に近い房事を未知の領域でするということで。
…………最初は手取り足取り、だった。
お互い、身体にふれて確かめる。夢中だった。
没頭した。私は二層目の気配、虹色の力の渦の中で酩酊したし、マンウェは生身の熱と営みに溺れていたと思う。
何をしてたの、と訊かれるたびに見たのか見ていないのか、私は見ていないし今も見ないその睦み合いがこうもあろうかと、再現したような、つたない身体が求めるままにさぐる。
虹色の音。音楽。聞こえるような。内側から響くような。知っている生身の音と、身体の生み出す小さな風の音。合わさって奏でる、滴って響く。
時間はどこかに消え失せていたし、身体もどうやら境界があやふやなほどぎらぎらした虹色の渦に巻き込まれている。高まる。心の熱と生身の熱が高まって溶け合って、この感覚は二層目の睦み合いと近いのかもしれない。――と思ってほんの少し、少しだけ頭の片隅が静かになった。
そこまで来て私はようやく、自分が受け手に回るのは初めてだったことに気がついた。
もちろんその頃にはマンウェはすっかり出来上がっていたし私もしっかり蕩かされていたので、止めようと思っても止まれるわけがない。ぎらつく虹色の輝きの前で血の気を引かせても、時は止まらない。
二層目も一層目もあったものじゃない、完全に次元の違う強大な力が襲いかかって。
奔流。怒涛。息ができない。ああ。虹色の渦が。生身の熱さ。あああ。痛み。声も出ない。息は?ああ。吐き気がする。息が。ああ、息が、熱い、熱い、ああ、ああ、
あああああああああああああこのクソ童貞ヴァラがあああああああ!!!!!!!!!!!
そこで意識が途切れている。
たぶん顔から出るもの全部出た。くそう。
……………………話がここで終われば初めては大失敗だったね!ということで円満に(?)済むのだが。
大失敗と言うか。大惨事と言おうか。末代までの恥と言うべきか。
まず、私はローリエンのお世話になった。嘆かれた。
マンドスによく持ちこたえたと褒められた。嬉しくなかった。
ヴァルダさまにぎゅっぎゅとされて(ヴァルダさまはとても上手に身体を纏う)いいこいいこされた時にはとても複雑な気分になった。
マイアールが妙に凪いだ目で挨拶していくのには戸惑った。最後にはエオンウェが緩む頬を抑えきれないという感じでこう言ってきたので謎は解けた。
「もう、最高…!僕も腹に据えかねたら使うよ“クソ童貞ヴァラ”ふ、ふふっ…!!」
「死にたい気分です」
「なんでっ!?」
確かに、全身全霊という言葉に相応しい強さで思った……とは思う。だがしかし、まさかあの状況で、二層目全域に響き渡っていたとは…予想するはずもない。
羞恥で死ねると思った。
フィンウェに会ったらちょっとだけ目線を彷徨わされたので本気で死のうと思った。エルウェがニヤニヤしていたので死ぬのはやめた。感謝している。
そういうことがあって、目的が達成されたのか問題を増やしたのかよく分からないままに日々は過ぎた。
マンウェと仲直り(と言うべきだろうか。別に喧嘩をしていたわけではないが)したとは思うが、なんとなく二度目はないままだった。私もこの後どうしたものかと思ってはいた。本当は気持ちの部分に向き合わねばならなかったのだろうが、そこからは少し…だいぶ…かなり…逃げていた。
そして私たちがクウィヴィエーネンへ戻るとなった時、マンウェは盛大にゴネた。そもそも私達がアマンへ一度来てみた理由のひとつ、クウェンディ大移動のめどはとっくに立っていたと言えばそうなので、いつそれを言い出してもおかしくはなく、それはマンウェも分かっていた筈なのだが。
ゴネすぎてうるさかったので無視をした。おんぶおばけになっていたが無視をした。悲しそうな目線に心がギリギリ痛んだが無視をした。
無視をし続けすぎたせいだろうか、いよいよ発つという時になって、本当にか細い声で、お願いだからこっち向いて、と言われた。
私はマンウェに振り向いた。
耳を射るほどに澄んだ音のしそうな、青い瞳が、なぜこんなに、近…
口づけをした。やさしく抱きしめられて、マンウェと口づけをした。
息が混ざる。耳の奥にあの音楽が蘇り、私の目はその時二層目の虹色の記憶を見た。
好き放題貪られて、やっと離れたと思ったら、マンウェが嬉しくてたまらない、という顔をしていたので。
私はすっと息を吸い込んで。
「こっの、クソ童貞ヴァラが…!」
私がマンウェの頬に手形を残すようになったのはこの時が初めてである。
痛い、と涙目になったマンウェに私は掠めるように口づけた。
「次来た時覚えてろ」
「うん」
約束したことは分かったようなのでよしとする。
ちなみにエルウェに「もう童貞じゃないだろ」とぼそっと呟かれたので全力で足を踏んだ。
~第一章・完~