選択

 裂け谷へ行くんです。来ますか。と彼は言った。彼、エレストール、船を下りて出会った黒髪のエルフ。
 グロールフィンデルはおそろしく変わった経緯でこの地に足をつけることとなった。再びと――言えるだろうか。かつて踏んだ大地は波の下に沈み、グロールフィンデルの記憶の方も、きっと周囲の思うほど明晰なものではない。
「裂け谷」
 イムラドリス。もちろん聞いた覚えはある。エレストールはぼんやり繰り返したグロールフィンデルに、いささか早口で告げた。
 エルロンドがおりますよ。あとまあ、色々と。大体が『孤児たちの宮廷』の顔ぶれですけれどね。
「――決めるのはあなた」
 言われてはっとした。黒髪をきっちりと編み上げたエルフは、その髪のように乱れない声で明確に続けた。
「行くも留まるも、寄るも去るも、あなた次第」
 グロールフィンデルは目を伏せて、少しく笑った。
「行きます。一緒に行かせてください」
 エレストールは続けようとした言葉を取り落したようだった。グロールフィンデルを見上げ、ひゅっと息を飲んで、かすかに眉を寄せて微笑んだ。
「……あなたを歓迎します。選んでくださることを期待します」
 逃した視線の分だけ不明瞭になった声が、ほそぼそと言った。グロールフィンデルは息をついて笑うと、では支度を、と彼に背を向けた。
 来し方、海を見ても、波はただ静かに潮騒を響かせるばかりだ。 
 グロールフィンデル! 呼ばう声に振り返った。
「ようこそ、第3紀へ」