マエズロスはニルヴァーナを抱きしめた。世界を抱きしめた気になった。
「血の匂いがする」
ニルヴァーナは微笑んで言った。
「ああ、誰の血だろう」
「前言は撤回する。お前の娘なぞ怖くて産めない」
「なぜ?」
「わかっているだろうに。お前を理解する、お前の気性に耐えられる娘など、産めない」
「私はそこまで愚かではないと思うのだが」
「愚か者でないのに迷うから怖いのだ」
マエズロスは少し首をかしげて言った。
「もう遅い」
ニルヴァーナは微笑んだ。そして、今度は何も言わなかった。
みずうみはいずこにあるのか、わたしはおまえにいわなかった。
みずうみにゆきたいのだとは、おまえはわたしにいわなかった。
だが、そう、いまごろになってわたしはひどく、おもうのだよ。
お前はなぜ湖で生まれてはこなかったのか、と。
炎の匂いがする。誰のものだろう。
抱きしめてくれたのに抱きしめさせてはくれなかった。
大地の底にお前の手がねむっている。
「忘れ形見という手もあるが?」
「それは戯言にしておこう」