かれが郵便屋さんだった頃

 彼はノルド王家の確執を知らぬ者にも不可思議なエルフで、そして、王家の確執を間近に知る者にとってはいっそう不可思議なエルフだった。
 彼はヴァンヤールで、それでいて振る舞いはどこかテレリのような、物怖じせぬ心持はどこかノルドのようでもあった。
 何者かと問えば伝令だと答えたであろう。実際、彼は伝令であった。そして使いすることならば全てを為した。
 先触れでもあり、使者でもあった。なかでも手紙の使いは多くした。けれど本来、彼はいかなる使いもする身分ではなく、する必要もないと言えばなかった。

 いつも、自分もそうだが、他のどのエルフに聞いても、彼のことは皆「自分より少し年上のおにいさん」としか思っていないフシがある。
 兄弟従兄妹はともかくも、父に至ってまでもがそういう認識であるとなると、真相がとても知りたくなるのも当たり前というもので、とはいっても知ってしまえば何となく、今までのように遊んでくれなくなるんじゃないかと思って、迷って、結局未だに尋ねられずにいる。

 そんな彼の年齢を、おぼろげながら分かるような発言を聞いたのはつい最近のことで、フィンウェ王に使いに来たとかで手紙を渡された彼が「手紙ができて、ずいぶん楽になりました」と言ったことに由来する。
 どういうことかと尋ねたら、私は中つ国にいた時からこうやって使いをしていましたから、間違えて伝えやしないかと少し緊張したものです、と事も無げに言うもので、そういえば、というか当たり前なのだが、フェアノール文字はフェアノールが生まれて、育って、それなりの年にならなければ出来上がらないものであり、かつその前の段階であるルーミルの文字もアマンにて作られたものであると確か教わって、それより前ならば当然「手紙」というものはないのであり、ないのならば――、言葉を覚えるしかないのだ。

 文字とは本当に、偉大なものです。お花畑ですが。
 と彼はのんびり歩みながら言って、ふと気になって、一番覚えにくかった手紙は――というか、言伝ては何だったのだと尋ねたら、返ってきた答えはとても意外なものだった。

「フィンウェさまの恋文です」

 聞けばそれはフィンウェ王から最初の妻ミーリエルへのもので、長いわけでも覚えにくいわけでも正確にはなく、しかし伝えた言葉も返された言葉も、これほどに重い言葉はなかったと、彼は少し苦しそうに言った。
「表情も息遣いも、それらすべてを伝えることが出来たならと、――そう、思ったのです」